水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 再び呆然とする波音を、渚は不可解な面持ちで見つめている。熱を測り終えると「平熱の範囲内ね」と言って、波音の瞳孔の確認をし、今度は首に手を当てて脈を取り始めた。

 波音の心臓は激しく動いているため、普段よりも脈が速くなっている。それに気付いた渚は、波音の肩を叩いた。

「波音、どうしたの? もし、身体のどこかがおかしいなら、正直に言いなさい」
「あ、あの……私、本当に……頭がおかしくなってしまったのかもしれません」
「記憶のこと? にほんとか言ってたやつ?」
「それです。多分ここ、私がいた世界ではない……みたいなんですけど」
「……はあ?」

 信じてもらえないかもしれない、と思いつつ、波音は渚にもう一度詳しく説明した。

 渚は最初こそ訝しげな目をしていたが、波音の表情や声から、嘘を言っているのではないと判断してくれたようだ。

 真剣に聞いてくれて、最後には腕組みをして考え込んだ。

「……それ、あり得なくもない、かも」
「えっ」
「この世界には様々な国があって、この国のように、観光や娯楽を産業として外に開いている海上都市もあれば、魔術を扱える者だけが住む空中城塞《じょうさい》都市もあるの」
「ま、魔術……?」
「だから、そういうことが起こっても、おかしくないと思う。まあ……私は、波音の言うことを信じてあげるけど?」

 それは、予想外の返答だった。『魔術』とか『空中城塞』とかいうぶっ飛んだ内容も聞こえたが、波音は自分が別世界に来たのだという確信を得た。

 不可思議な現象も何もかも理解不能だが、渚が信じてくれてよかったと、波音は心底思う。
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