水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(根本的な優しさは、似ているのかもしれない)

 この世界の碧と、二度と会うことはできないもう一人の碧。容姿も声も異なるのに、滲み出る優しさに、二人を重ねてしまう。

 波音は一人、静かに笑みを零した。別世界に来てしまったというのに、悠長なものだ。

「ん? 別世界ってことは、電話も繋がらない……?」
「はーい、お待たせ」

 大事なことに気付いたところで、渚が電話の子機らしきものを手にして戻ってきた。渚もまだ、電話が繋がらないことは察していないようだ。

 波音は礼を言ってそれを受け取ったのだが、なかなか番号ボタンを押せないでいた。

「どうしたの? 折角持ってきてあげたんだから、早く掛けなさいよ」
「すみません。でも、多分繋がらないんです」
「えっ……ああ、そうよね! ま、ものは試し。やってみたら?」
「はい」

 波音は、大和の携帯電話、職場であるスポーツジムと、実家の番号の三つははっきりと覚えている。

 まずは、震える指で大和の番号を押し、受話口を耳に当てた。大和は今頃、波音を探して救助隊を要請しているかもしれない。

(南さんも助かってるといいな……)

 僅かな望みを掛けて、繋がるように念じてみたが、聞こえてきたのは『お掛けになった番号は、使われておりません』という、不通を知らせる音声ガイダンスだった。

 試しに残り二つも掛けてみたが、結果は同じ。これで、波音が別世界に来たということは、明白になった。
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