水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 とはいえ、大和は『近所に住んでいるお兄ちゃん』的存在であって、そこに異性間の恋愛感情は存在しない。

 波音はちらりと大和の様子を窺った。こちらの会話に気付いている様子はなく、ホイッスルを鳴らして、次々と生徒を泳がせている。その横顔には、波音の大好きだった『彼』の面影が見え隠れしていた。

 波音の初恋相手は、大和ではなく、その弟の碧《あお》だ。波音に水泳の楽しさを教えてくれたのも、彼だった。幼い頃、大和と碧が揃って水泳教室に通っていることを知り、波音も「水泳をやりたい!」と親にせがんだのだ。

 波音の母は日本舞踊の教室を運営しており、波音も幼少からダンスや日本舞踊を習っていたが、自分から何かをやりたいと言い出したのはこれが初めてだった。

 波音は、比較的おとなしく、遠慮がちで引っ込み思案な性格。友達の輪に自分から入ることができず、いつも声を掛けられるのを待っていた。碧は、「それじゃ楽しくないよ」と言って、尻込みする波音の手を引っ張り、友達を作るきっかけと勇気をくれたのだ。

 碧は、明朗快活で思いやりがあり、優しかった。それは兄の大和もだが、より年の近い碧と長く一緒に居たからか、波音の恋心は碧に惹きつけられていった。小学生、更には中学生になっても、波音は碧にべったりだった。


 しかし、悲劇は突然訪れる。
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