水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「あの……姫野先生って、来週末の海合宿イベントは参加するんですよね?」
「ああ、はい。参加しますよ」

 やはりそんなことか、と波音は安心した。ということは、この先の会話も予想できる。『あのこと』を聞きたいのだ。

「男子コースの深水《ふかみ》先生も、参加します?」
「もちろん、しますよ」

 途端に、鈴を転がすような声が複数上がる。黄色い声、と形容した方がいいか。彼女たちは手を取り合って喜んでいた。

 それもそうだ。深水先生、もとい、深水大和《やまと》は、このスポーツジムが誇るイケメンインストラクター。花形的存在と言えるだろう。

 大和は男性の水泳指導を担当しているので、彼女たちとは挨拶を交わすくらいしか交流がないのだ。接近する機会を虎視眈々《こしたんたん》と狙っていたのか、心なしか、彼女たちの目がぎらりと光ったように見えた。

「ほんっと、イケメンですよね。ちなみに、深水先生って何歳なんですか?」
「確か、今年で三十一、だったかと……」
「彼女とか婚約者の存在は?」
「聞く限りでは、いないと思いますけど」
「えっ! やだ、チャンスだよ、これ!」

 あまりにもはしゃいでいると、本人に聞こえてしまいそうだと、波音は肝を冷やした。生徒たちにはもちろん、職員にも内緒にしているが、大和は波音の幼馴染みだ。
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