水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「あの、滉さんのことなんですけど……。私、異様に嫌われていませんか?」
「あいつのことなら気にしなくていいわよ。碧以外にはほとんど心を許していないから」
「碧さん、以外……?」
「滉は碧に憧れて、十代の頃に入団してからずっと、碧にべったりなの。碧はそういうところを直させたくて、敢えて滉を副団長にすることで、他の団員と交流させているのよ」
「そういうことだったんですか」
「冷たくされても気にしないようにしなさい。じゃないと、心が折れるわよ」

 碧はやはり、周囲をよく見ている。人を引っ張っていけるその統率力は、団長に相応《ふさわ》しいのだろう。

「碧さんって、すごい人なんですね……」
「そう思うでしょ? 皇族の栄光に胡座《あぐら》をかかず、自ら道を切り開けるの。本当に格好いいわ」
「はい」
「波音。あんたも碧に惚れそうになったら、すぐ私に言うのよ?」
「あ……はい」
「あら? 歯切れが悪いわね? もしかしてもう……」
「い、いえいえ! 私、他に好きな人がいますから!」

 波音は両手を全力で左右に振り、訝しむ渚の視線を撥《は》ねのけた。碧のことを好きになってなどいない。

 『碧兄ちゃん』と同じ名前だし、いろいろと気にはなるが、それは好意とは違うものだ。

「好きな人って……元の世界に?」
「はい。いたんですけど、もう……会えないんです」
「そっか。帰る方法が分からないんだものね。でもまだ、希望は捨てないほうがいいわよ」
「……はい」

 波音は愛想笑いが上手くなったかもしれない。もう好きな人には会えないことを、いつもこうして曖昧にしてきた。渚の励ましが心に刺さるが、詳しいことを話す気にはなれなかった。
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