水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(もしかして、惹かれてる……? 碧兄ちゃんみたいだから?)

 どくんと、一際大きく心臓が鳴った。先程よりも強く抱き寄せられ、波音は碧の胸に手をつく。髪の間に指を差し込まれ、耳と頬を親指で撫でられると、身体がぴくぴくと反応した。

「碧さっ……んっ」
「口、開けろ……」

 鼻で呼吸することを忘れ、波音が息継ぎをした間に、碧は口づけを深くした。戸惑いがちに、舌が入り込んでくる。

 やはり、碧は前よりも波音に対して優しくなった。触れ方に気遣いが溢れているから、分かるのだ。

 ひとしきり、キスを交わした後、どちらからともなく唇を離した。唾液の糸がぷつりと切れたかと思うと、碧の唇が濡れているのが見えて、波音は我に返る。

「あ……! またキスしちゃった……」
「なんだよ。別にいいだろ。お前が明日頑張れるようにっていう、俺からの激励だ」
「得意げに言わないでください……!」

 碧の機嫌はすっかりよくなった。早めに寝るようにと波音に言い残し、頭を撫でてから一階へと降りていく。

(なにこれ……。恋人同士みたい)

 薄手の毛布にくるまって、波音は足をじたばたさせた。胸がときめくのは、仕方が無い。恋愛経験がないのだから。決して、碧を好きだからではない。

(また、渚さんに言えないことができちゃったな……)

 高揚感と罪悪感。どちらも持て余しながら、日々の疲れからか、波音はいつの間にか深く眠り込んでいった。
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