水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「……もしも、本当に俺がその『碧』と魂で繋がっていたとして。お前は、どうするんだ?」
「ど、どうするって……そんなの」

 決まっている、と言いかけて、波音は言葉を詰まらせた。一体、何がしたいのか。感謝を伝えたいのか、それとも――好きだと告白したいのか。

(私、この人が碧兄ちゃんだったら、好きになるの……?)

 目の前の碧は、『碧兄ちゃん』そのものではない。この世界に生きていて、一人の曲芸師として、多くの人々を引っ張っていく団長として、夢を追いかけ続けている別人だ。

「分からなく、なってきました……」
「まあ、そうだろうな。正直、俺もよく分かってない」
「碧さんに対しては、その……恋愛感情とかないので」
「お前、はっきり言ったな? とりあえず、俺は波音のことも大和ってやつのことも覚えてないし、このことは頭の片隅に置いておく。お前には、明日からの綱渡りに集中してもらわないと」
「……それもそうですね」

 互いに苦い笑みを浮かべて、話は終わった――はずだが。碧は波音を抱き寄せている腕を、離そうとしない。

「あの、碧さん?」
「……やっぱり、なんかイライラする。もういないやつより、俺にしておけよ」
「えっ、何で……んっ……」

 唐突な口づけに、波音の言葉は封じられる。数日ぶりのキスは、一度目と二度目よりも、波音の心をくすぐった。抵抗することも忘れ、気持ちいいと思ってしまう。

 波音はゆっくりと、瞼を閉じた。

 唇どうしを擦り合わせ、ふにふにとしたその感触を確かめる。好きでもないのに、キスをするなど、以前の波音なら考えられなかった。

 いや、全く好きではないと言ったら、語弊がある。少なくとも、碧のことは嫌いではない。
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