クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「わかったわ」

そうか、彼は私から遠く離れていくんだ。
私たちの恋は実らない。

「コーヒーご馳走様でした。さようなら、真純さん」

玄関で彼を見送る時、千石くんは穏やかではあった。一方で、寂しくてたまらないという気持ちも痛いほど伝わってきた。

抱き合えばわかる。
彼はまだ私に気持ちがある。

だけど、彼は私を諦めたし、私も彼を受け入れなかった。私たちのエンドはここなのだ。

玄関が閉まり、しばらくわたしは立ち尽くしていた。
5分だったか10分だったかもわからない。猛烈にお腹が空いたことに気づく。こんなに心は消耗していてもお腹は空くのだということに圧倒的な肉体のパワーを感じた。

足元には昨日から置きっ放しのじゃがいもがあった。ビニールを手に取り、中のじゃがいもを3つ、流しに出す。鍋に水を入れ、皮をむいて4つに切ったじゃがいもを放り込みコンロに火をつけた。

茹だったじゃがいもはフォークの背で潰し、棚にあったツナ缶と冷蔵庫に残っていたキュウリをスライスして入れる。マヨネーズと塩胡椒でポテトサラダの完成だ。大きなじゃがいも3つ分はかなりの分量になる。

残されたマグをふたつ流しに運び、私は大皿のポテトサラダをどんとテーブルに置いた。潰すのや混ぜるのに使ったフォークでそのまま食べ始める。
黙々と口に運ぶ。美味しい。自作のポテトサラダはじゃがいももいいのか、すごく上手にできていた。
美味しい。じゃがいもは美味しい。

頭を食欲だけで一杯にする。それが涙をこらえる完璧な方法だった。


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