クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「我が社の社長の名前を言って」

いきなり話が読めないですよ、課長。それでも、私は素直に答える。

「千石芳太郎社長です。一族経営の我が社の五代目、鉄鋼業界、造船業界に販路を開いた方です」
「よくできたね、さすが阿木さん。それでねぇ」
「はい、それで」
「はぁ、ほんと困ったよ」
「ええ」

課長は本題になかなか入らない。もともと、前置きが長いし言葉のうまくない人だけど、今日はことさら回りくどい。よほど『困ったこと』なのかしら。うう、すでに面倒くさい。

とはいっても、私も大人なので課長をどやしつけたりしない。部下として飽くまで彼の言葉を待つ姿勢だ。
同僚から言わせると私のこういった様子は逆に怖く見えるらしい。無言の圧力を感じるとか……。そんなつもりないんだけどなぁ。
課長がぼそりと口を開く。

「社長のご長男が帰国するって話は聞いてるかい?」
「噂程度ですが」

社長には二十代後半になる長男と中学生の次男がいる。
次男の涼次郎くんは中学二年生。時々パーティーに顔を出したり、会社見学だと無邪気に総務部に顔を出したりするので、知っている。賢く人懐っこい子だ。
しかし、長男に関しては大学時代からずっとヨーロッパにいるという情報しか知らない。そちらで現地の友人と起業しているらしい。
だから、私たちはなんとなく、この会社を継ぐのは次男の涼次郎くんなのではないかと思っていた。

そこに長男が帰国するとの噂がどこからともなく流れ出したのは夏の終わりくらいから。
ただの帰国ではない。後継者として戻ってくるという噂が、まことしやかに流れていた。
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