ハーモニーのために
「女王様!大変です、ジャック・ズーロンの一隊が攻めてまいりました!例の楽譜を奪うつもりです!」

急いだ口調で衛兵が告げた。女王は私のことなど忘れたように肩から手を外し、衛兵の元へ歩いて行った。緊張が解けて私はへたへたと床に尻をついた。ホッとため息をついてほかの奏者を見ようと顔を上げたら、そこには誰もいなかった。サロンには緊急事態を知らせる衛兵と、イラついた声を上げる女王しかいなかった。あの奏者たちはどこに行ったのだろうか。私は立ち上ってサロンを出た。

門のほうへ急ぎ走りで行ってみると、そこには馬に乗ったカウボーイ風の恰好をした男たちが群がっていた。その七割ぐらいが黒人で、彼らは鞭を手に持ちながら馬にまたがっていた。馬は大きな鳴き声を上げ、前足を掲げて威嚇している。その馬の足元で中世の騎士たちが槍を構えていた。騒ぎはどんどん大きくなっていった。彼らは色を持っていたので、奴隷ではない…と考えていたら急に後ろから手をつかまれた。身の危険を察知して抵抗したが、びくともしなかった。後ろを振り向くと、そこには私と同じぐらいの年の白人の男が私の腕をつかんでいた。肌は小麦色に焼けていて、ほかの連中のように帽子はかぶっておらず、金髪交じりの茶色い髪の毛が日光を浴びて輝いていた。青いチェックのワイシャツを上に着て、下は少し泥のついた暗い色のジーンズをはき、靴は茶色い短めのブーツを履いていた。

「大丈夫だよ、クラリシアから救ってあげるよ。」

澄んだ声でそう言って、私に笑いかけた。彼の瞳は吸い取られるような深い緑色だった。しかし、つかんでいる手は力強かった。いくらなんでも私は見も知らずの男についていくほど私は危険なことはしない。

「私はクラリシア様の元にいさせてもらっているものです!彼女をお慕いしています。離してください!」

「いさせてもらっているって、人間はどこにいたっていいんだよ。本当にあの人のことを慕っているの?僕らには一人ひとり生きる権利があるのさ。」

その言葉を聞いて私は口を噤んだ。彼の言うとおりだった。私はあの出来事が起こるまでクラリシア様のことを本当にお慕いしていた。しかし、今は彼女が軽蔑すべき行動をとったと考えている。それに、どうせ戻っても殺されるかもしれないのだ。私が沈黙していると、彼は満足そうにうなずいて、私の腕をどんどん引っ張っていった。

「ちょ、ちょっと!どこに行くの?!あなたそもそも誰なのよ!」

私は必死に抵抗したが、やはり逃げ出すこともできず、とうとう彼と一緒に馬に乗せられてしまった。私は彼のあまりの横柄さに怒りを抱き、馬を飛び下りようと思った。その時、前に馬車があることに気付いた。そこには先ほど弦楽4重奏を演奏していた4人の男たちが乗っていたのだった。私は驚きのあまり、大きな声を漏らした。そこに乗っているファーストバイオリンの男は、私に気付いて気まずそうに会釈した。

「さあ!引き上げよう!」

何が起こっているのかわからない状態で、茶髪の男は右手を大きく上げてそのまま馬を走らせた。そのあとをほかの待機していた男たちが追っていった。馬車も私たちの後に続いて動き出した。馬の走るリズムに体が揺れ、私は落ちないようにその謎の男の背中にしがみついた。恐怖と好奇心に駆られた、危険な心情が体の中で渦となって気分を悪くさせた。男の髪の毛は耳が隠れるぐらいの長さで、風になびくたびにきらきらと光っていた。ある程度走ると、男は私のことをちらりと見て言った。

「突然悪かったね。僕はクラリシアからかわいそうな人間をすくっているものさ。今は僕らの町、ジャブルータウンに向かっている。あそこは本当にいい場所だよ。君もきっと好きになる。」

そういって彼は白くきれいに並んだ歯を見せた。いい人かもしれない―そう思ってしまった。城の裏から脱出したため、見たことのない風景が広がっていた。馬は山をどんどん登っていき、木をかき分けて進んでいった。木の葉がかすれる音が耳元で鳴っていた。

「あ、そういえば言い忘れていた!僕の名前はジャック。一応ジャブルーのリーダーやっている。君の名前は?」

「モニカよ。」

「モニカ!いい名前だ!君もこれからジャブルーの一員だよ。」

彼は明るいトーンで楽しそうに話した。私は彼の名前に聞き覚えがあるような気がした。確か―

「あ!あなたってもしかして、ジャック・ズーロン?」

王宮で騎士が言っていたのを思い出した。

「そうさ!いやぁ、苗字まで知られているなんて光栄だね。僕も有名人かな?」

そういって鞭を持っていた手で頭をかき、照れくさそうに笑った。この人が悪い人には見えない。しかし、なんだか嫌な予感がした。騎士は彼らが「例の楽譜」を奪いに来たと言っていた。もしかしてこの人たちは盗賊か何かで、私は騙されたのではないだろうか。冷や汗がにじみ出て、身震いした。何か恐ろしいことが起こるかもしれない― 今すぐ降りなければ…。そんな思考を巡らせていたら、ジャックが後ろを向いた。

「これからジャブルーの国にワープするよ。少し揺れるからしっかりつかまっていてね。」

気づいたら馬は断崖絶壁に直進していた。私は恐怖のあまり大声で叫んだ。前には真っ青な空が広がり、道は続いていない。風が私の耳でつぶやいた。そう、騙されたのだ― 体がふわりと宙に浮いた拍子に、体を硬直させた。どうしようもなくなって、目を思いっきりつぶってジャックの背中にしがみついた。
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