冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「お姉ちゃん、どうしたの?」

 近くで子供の声が聞こえ、フィラーナがふと顔を上げると、五歳ほどの小さな女の子の瞳と視線が合った。その傍らには使い古された帽子を被った少し年上の少年が立っている。

「どこか痛いの?」

「違うよ、腹が減ってんだよ、きっと。見ればわかるだろ」

 少女の質問に、少年がなぜか得意げに答える。

「いいえ、大丈夫よ。お気遣いありがとう」

 小さな優しさに出会い、フィラーナは口元を綻ばせながら、尋ねてみた。

「この辺に、靴を置いているお店、あるかしら?」

すると、今度は少年が口を開く。

「姉ちゃん、もしかして足が痛いのか? この辺りは商業地域から少し離れてるから店はないけど、先生なら何とかしてくれるかも」

「先生……?」

「うん、私たちの“お父さん”!」

 女の子が太陽のように明るい笑顔を向けた。





 フィラーナが子供たちに連れてこられてやってきたのは、通りの外れにある、そこそこ敷地のある二階建ての木造の建物だった。といっても、お世辞にも綺麗とは言い難く、老朽化が進み、扉の蝶番はギイギイ音を立てており、廊下の板張りもかなり脆くなっている。

 食堂のような空間に案内され、質素な木の椅子に腰かけると、窓に面した敷地内の広場で遊ぶ子供たちの姿が視界に入った。三歳から十歳くらいの少年と少女が十人ほど、無邪気な笑顔で走り回っている。

「お待たせしました」

 食堂に響いた声にフィラーナがハッとして立ち上がると、白髪交じりの年配の男性がひとり、こちらに向かってくる。

「私はこの孤児院で院長をしております、エイブラムと申します」

 エイブラムはフィラーナに着席を促すと、優しく微笑んだ。そうすると目元の皺が深くなり、より柔らかい印象を受ける。
< 130 / 211 >

この作品をシェア

pagetop