冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「初めまして、フィラーナといいます。申し訳ありません、突然お邪魔しまして」

 おずおずと頭を下げると、エイブラムはその瞳にさらに優しい光を灯して、持ってきた箱を空けた。中には、かかと部分が平らな、未使用と思しき茶色の布製の靴が入っている。

「以前、靴屋から売れ残って破棄寸前だった靴を何足か寄付してもらいましてね、どうしてもこれだけは、ここにいる子供たちには大きすぎて、でも捨てるのは勿体なくて取っておいたんです。サイズが合えば、どうぞお使いください」

 フィラーナは手に取って、そっと足を入れてみると、ちょうどいい大きさだった。窮屈だった指が解放されて、安らぎに包まれているようだ。

「ありがとうございます……! 今はお返しするものはないのですが……あ、ではせめてこれを引き換えに」

 フィラーナは脱いだ靴全体を改めて見てから、エイブラムに甲の部分を指し示した。そこには小さめのサファイアが左右ともにひとつずつ、装飾としてあしらわれている。これを売れば、建物の修繕費用に少しは用立ててもらえるのではないだろうか。

 すると、エイブラムは穏やかな笑みを浮かべて、それを制した。

「いいえ、お気持ちだけで結構ですよ。それに靴はタダですし、ずっと箱に仕舞われているよりは誰かの役に立て方がこの靴も本望でしょうから」

 エイブラムは親切にも、フィラーナが履いていた靴を麻布の袋に入れ、持たせてくれた。そして、ぐるりと、壁から天井を見渡す。

「古くて驚いたでしょう。でももうじき改修工事が行われる予定で、新しく生まれ変わるんです。以前は、どうしてもこういう施設は後回しにされがちだったんですが、王太子様の計らいで、診療所や孤児院などの施設の修繕費用の割合が大幅に増えまして」

「………王太子様が……?」
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