冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「はい。次はうちの番なんです。それに、国から賄っていただいている経営資金も以前より増えました。おかげで子供たちは飢えることなく過ごしています。いつかお礼を言いたいと思っているんですが、お目通りがかなうはずもなく、時々様子を見に来てくださる王太子様の代理の方に、伝言をお願いしているんですが……」

「え、代理の方……? もしかして、その方は銀髪だったりしますか?」

 港町での前例もあり、ウォルフレッドが身分を隠して城下町に現れている可能性もある。運がよければ出会えるかもしれない。

 しかし、エイブラムは首を横に振った。

「いいえ、黒髪の男性ですよ」

「黒髪……」

 レドリーとユアン兄弟の髪色はともに褐色なので、彼らでもない。知り合いに会って身分を証明してもらうことが城へ戻る方法として一番早いのだが、そう簡単にいかない現実にフィラーナの表情に諦めの色が走る。

(弱気になっちゃだめ。靴をもらえただけでも、ありがたいことよ)

 気持ちを奮い立たせて、次はどうするべきか考え始めた時、突然食堂のドアがギイッと大きな音を立て開かれた。琥珀色の髪を持つ二十歳前くらいの若者が、その勢いのまま走り込んでくる。

「先生、これ、子供たちに!」

 彼は元気よく、白い紙包みをエイブラムに手渡した。焼き菓子の芳ばしい匂いが鼻を掠める。

「いつもありがとう、バート。でも、今日は大事な大会の日だろう? 時間は大丈夫かい?」

「いまからでも十分間に合うよ。それじゃ……」

 バートと呼ばれた少年は片手を上げて立ち去ろうとしたところで、座っていたフィラーナと目が合う。

「あ、あなた……」

「君は、さっきの……」

 お互いに、驚きで瞳を見開く。それは、荷馬車から落ちた時、真っ先に駆け付け声を掛けてくれた、あの若者だった。
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