冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 あっという間の出来事に、フィラーナが唖然としていると、騒ぎを聞きつけた闘技場の管理者のような男性と数名の警備隊士が走ってこちらに向かってくるのが見えた。黒髪の男は彼らに何か説明すると、中年男は警備隊によって両脇をかかえられ、連行されていく。

 フィラーナは急いでバートのもとに駆けつけた。

「バート、大丈夫!?」

「ああ、何とか……」

 バートは額から血を流しているものの、意識はしっかりしているようで、フィラーナはひとまず安堵の息をもらしたが、バートは申し訳なさそうに眉根を寄せる。

「ごめん、君まで巻き込んでしまって……」

「何言ってるの。あなたが謝る必要なんてないわ」

 そんなやり取りを交わしているふたりのところに、黒髪の男が近づいてきた。フィラーナは、急いで立ち上がり、深く頭を下げる。

「助けていただいて、ありがとうございました」

「……俺より先にお前の上に乗るとは、あの男、殺すべきだったな」

 黒髪の男の唇から、殺気立った不機嫌な呟きが漏れる。聞き覚えのある声だと気づき、フィラーナは反射的にその男の顔を見上げた。

 通った鼻梁に、形の良い唇。

 そして、長めの前髪の奥から覗くのは、凍った湖のような水色の双眸ーー。

(えっ……!?)

 驚愕のあまり、フィラーナの緑の瞳がみるみるうちに大きく見開かれる。

「で、でででんかっ……フガッ」

 黒髪の男の大きな手が突然伸び、フィラーナの口はたちまち塞がれてしまった。
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