冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
(どうしてここに殿下が……!?というより、髪の色っ……!)

 混乱しすぎて身体を動かすことができず、フィラーナは目を見張ったまま黒髪の男を凝視していると、管理人の男性が駆け寄ってきて彼らに向けて何度も頭を下げる。

「お役人様のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません。以後気を引き締めて警備を強化いたしますので……」

(お役人……?)

 フィラーナが改めて黒髪の男の服装を確認すると、彼はレドリーと同じような文官特有の深緑の上衣を身に着けている。

「そのように頼む。治安の強化は国の発展に繋がると王太子殿下も仰っている。それと、怪我をした者の手当てを」

 淡々とした口調で黒髪の男に指摘され、管理人はバートを救護室へ案内しようとしたが、バートは大した怪我ではないことを理由に断りを入れた。管理人は躊躇しながらも、そそくさとその場から引き揚げていった。

 それを見て、黒髪の男がフィラーナの口からやっと手を離した。

「手荒なことをして悪かったな」

「本当だよ、あんた彼女の何なんだ」

 フィラーナの言葉を待たず、少し苛立った口調でバートが黒髪の男を睨む。不穏な空気を感じ、フィラーナは慌ててふたりの間に立った。

「バート、落ち着いて……」

すると、すかさず黒髪の男が口を開いた。

「俺は、王太子の側近の者だ。代理として、いつもこの大会を観覧している。お前はあの優勝者の身内の者か。なかなかいい試合だった。きちんと訓練を受ければ、才能はより開花するだろう。将来が楽しみだな」

「……えっと、まあ、そう言ってもらえると、嬉しいけど……。あ、フィラーナ、待って」

 急に褒められ、勢いを削がれたバートは困惑したように指で頬を掻いていたが、その隙に黒髪の男がフィラーナの手を取り歩き出したことに気づき、咄嗟に自分も彼女の片方の手を握った。

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