冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「まあ、さすがミラベルさん!」

 陰湿な空気を吹き飛ばすように、朗らかな声を上げたのはフィラーナだった。

 ルイーズとミラベルも驚いて、フィラーナへと視線を動かす。

「ルイーズさんのドレスの刺繍にお気づきになるなんて」

「……刺繍?」

 ミラベルは訝しげに少し首を傾ける。

「ええ。さっき、ルイーズさんにおっしゃっていたでしょう、『素敵なお召し物』って」

「え……?」

「ほら、袖回りと裾全体に細やかな刺繍が」

 ミラベルは改めてルイーズのドレスを見た。確かに、その部分に白い繊細な刺繍が施されている。

「職人が何ヵ月もかけて丹誠込めて作り上げた、この世にふたつとない、とても高価な品だと思います。それがすぐにお分かりになるなんて。私、全然気づきませんでした」

「何言ってるの、こんな刺繍にそんな価値あるわけ……」

「それに、このような伝統的なデザインは、古いものほど価値があがるのでしょう?だから、何年前の物かとお聞きになったんですね?」

「は……?」

 明るい笑顔を向けてくるフィラーナに、ミラベルは呆れるように小さく口を開けた。

(……そんなの嫌味に決まってるじゃない。それも分からないなんて、どれだけ能天気な子なの?)

 ミラベルはフィラーナの思い違いを笑ってやろうかと思ったが、ソファに腰かけた令嬢たちが自分たちの様子を窺っていることに気づき、取り繕うように微笑んだ。

「ええ、まあ、そうよ」

 優雅にドレスの裾を翻し、ミラベルが座っていた位置に戻ろうとした時、女官が入ってきて謁見の間への案内を告げた。座っていた令嬢たちはおもむろに立ち上がり、自然とミラベルを先頭に、部屋を出ていく。

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