冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない


「何だと……?」

 ウォルフレッドが事件の一報を受けたのは、ほぼ同時刻、騎士団の訓練場で剣の鍛錬を始めようとしていた時だった。急ぎの案件や所用がない朝は、体力や筋力維持のため食事の前に軽く身体を動かすことが日課となっている。しかし、ただちに取りやめて、レドリーから詳細を聞いた。

「ただちにそれらの撤収と廊下の清掃の指示を出しました。誰の仕業か、只今調査中です」

「フィラーナを離宮の別部屋に移動させろ。そんなことがあった場所では気分も優れないだろうからな」

「御意」

「それでフィラーナはどんな様子だ?」

 あからさまな悪意に、気落ちしているフィラーナの姿がウォルフレッドの目に浮かぶ。それどころか吐き気を催して寝込んでいるかもしれない。

 しかし、レドリーからの返答の内容はまったく予測していないものだった。

 知らせを受けて多くの衛兵や使用人が駆け付け、目を覆いたくなるほど不快な現場に、皆が一瞬で言葉を失くしたという。なかでも異様だったのが、蜂蜜色の髪をした若い娘が気持ち悪がる素振りも見せずその場にしゃがみ込み、ヘビらしき物体をじっと観察していたことだった。そして近くに佇む衛兵に声をかけた。

『これって、もう死んでますよね?』

『はあ……左様ですね……』

『このヘビは薬になるんです。でも時間が経ちすぎてダメね。せっかくの珍種なのに惜しいわ。贈り物だったら、新鮮なうちに持ってきてくれたら良かったのに』

 フィラーナは実に残念そうにため息をついた。

 新鮮だったら、自ら煮出して成分を抽出したかったとでも言うのか。
 
 朝からあまりにもおぞましい情景を目の当たりにし、この娘はとうとう気が触れてしまったのではないかと、その場にいた全員が疑ったのは言うまでもない。しかし、幼い頃から野山を駆け回っていた彼女にとってすべての生き物は好奇心の対象であり、いろいろな領民に声を掛けては詳しく教わったことも多く……単におかしな方面の知識の幅が広かっただけのことである。

「その後、特に変わったご様子はないようです。朝食の減量などのご要望もありませんでした」

 ウォルフレッドはしばらく言葉を発せずにいたが、やがてフッと口角を上げた。

「なかなか読めない女だな……」
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