【2025.番外編&全編再掲載】甘い罠に溺れたら
ビルの上階にある役員フロアに足を踏み入れて、少し緊張する。

めったにこない役員フロアは、床や壁の質感も雰囲気も違う。

すぐに先ほど電話をくれた、水谷秘書室長が現れて、私はぺこりと頭を下げた。

「あの……どなたが?」
社長の腹心といってもいいような、40代半ばの水谷秘書室長は私の言葉に顔をゆがめた。

「すみません、羽田さん。どうしても私には拒否する権利がなかったので……」
答えになっていない言葉だったが、何かしら権力がからみ、私にとっていい話ではない事はわかった。

その事がさらに私の緊張を高めて、手足が冷たくなるのが分かった。
なんだろ?何か仕事で失敗したっけ?
そんな事がグルグル回る。

水谷秘書室長の後をついて、応接室に向かうも、ドクンと心臓の音が煩かった。

「失礼します」
水田秘書室長ですら少し緊張した声音に聞こえて、私も頭を下げてゆっくりと顔を上げた。

噓でしょ……。

私はそこにいた人に、驚いて声を出すことができなかった。

「水谷さん、ありがとう。もういいわ」
そう言ったあの人は、まぎれもなく部長の大切な人だった。



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