【2025.番外編&全編再掲載】甘い罠に溺れたら
「確かにそうだな……」
少し悲しそうに俯いた部長は、言葉を止めた。

どれぐらいの無言の時間が流れたのか分からなかった。
玄関の壁に押し付けれれるようにされた、この姿勢だけで私の心は悲鳴を上げていた。

大好きなのに、目の前にこの人がいるのに、この人はいつも手に入らない。
触れたくて、この大きくて大好きな香りに包まれたい。
幸せな気持ちで笑いあいたい。

あの幸せだった頃みたいに。

ただそれだけの願いが、ものすごく、無限に、遠いような気がして私はなにも言えなくなる。

手の力が緩められた今、この腕を払うことなど容易い。
でも、どうしてもそれをできない私は、もう自分でもどうしたいのかなんて全く分からなかった。

ただ、手と手だけが触れ合っている、今の状況に泣きたくなる。

というか、涙がポロポロと零れ落ちていた。
ハッとしたように、部長が片方の手を離すと、私の涙に触れようとして手を止めた。
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