【2025.番外編&全編再掲載】甘い罠に溺れたら
十分くらい経っただろうか?

頭痛のおかげと言うのも変な話だが、痛みがひどすぎて余計なことを考える余裕がなかったのは、ある意味よかったのかもしれない。

今さら、この人の車に乗るなんて――。
もし普通の状態だったら、絶対に逃げ出していたと思う。

「行くぞ」

当たり前のように腕を取られ、私は慌ててその手を振り払った。

しかし、佐伯部長はまったく気にする様子もなく、今度は私の腰に手を回し、そのまま支えるように歩き出す。

「歩けますって!」

痛む頭と、佐伯部長の手の熱に思わず語気が強まる。

「黙ってろ。余計ひどくなる」

静かに言い放たれ、私はもう振り払う気力もなく、ただ黙って歩き出した。

昔の彼なら、私がこんな口調で言ったら、「どうした?」と不安そうな顔をしたに違いない。

――優しさと甘さだけの人だったように思う。

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