【2025.番外編&全編再掲載】甘い罠に溺れたら
高層ビルの中に本社を構える私の勤める会社は、福利厚生が整っており、カフェのようなおしゃれな社員食堂がある。昼時になると、多くの社員が25階のフロアに集まる。

そこに向かうため、私たちもかなりの人が乗っているエレベーターに、多少強引になんとか乗り込み、小さく息を吐いた。

「今日は何食べようかな」

小声でつぶやいた友里の言葉に、私も「何にしようかな」と考えながら、階数を表す数字をぼんやり眺めていた。

『……ええ。そうですね』

エレベーターの後ろの方から微かに聞こえたその声に、私の心臓が無意識にドクンと音を立てた。

気のせいよ……。

たくさんの声の中で拾ってしまった、その少し低い声。昔の甘く苦しい感情が一気に押し寄せ、私はギュッとシャツの襟を握りしめた。

「沙耶? 降りるよ。沙耶、どうしたの!」

友里の声にハッと我に返り、足早にエレベーターを降りると、恐る恐る後ろを振り返った。

そこには、私が危惧したあの人の姿はなく、私は心から安堵した。
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