凛々しく、可憐な許婚
「咲夜が弓道部に定期的な休みをいれるのは何か理由があるの?他の部活動の顧問からの風当たりも強いでしょ?」

高校時代、毎日部活に明け暮れていた尊は、当然今もそうだろうと思って本校に着任してきた。

教員免許をとり、大学院を出てこのはな学園横浜校に採用されてからも、実質は経営畑にいたので、尊が部活動の顧問として働くのはこれが初めてといってよい。

咲夜が築き上げてきた弓道部は、休みをしっかり確保しつつも全国大会に連続出場記録を更新中のエリート校だ。

「顧問になって一年目は、他の部活動の先生方から"自分が休みたいだけでしょう?"と言われたこともありました。でも、私が身を持って体験してきたことを活かしている結果ですから、生徒の心身の安寧ためにもそこは譲れません」

咲夜は笑顔で答えた。

15歳の春、真那音が生まれるまでの咲夜は、ただがむしゃらに帝王学を詰め込まれ、やりたいことを我慢して周囲が求める自分を演じていた、と語った。

毎日が単調で色がない。ただ、大好きなカルタに熱中するときだけは少し色味があった。

しかし、試合での勝利を目的に練習を強要されるとそれさえも辛くなる。

「だけど、真那音くんが生まれて、"跡継ぎは真那音だ"って言われた時に、"ああ、これからは無理する必要はないんだ。自分の時間が持てるんだ"って思った瞬間に、すべてのことに前向きに向き合えるようになったんです」

咲夜は自嘲気味に笑った。

「まあ、真那音くんに万が一のことがあったらいけないので、後継者候補からは外さないって言われちゃいましたけど」

尊は咲夜の言葉を聞いて、ふと、昔のことを思い出していた。

尊は14歳の頃、当時、このはな学園の学園長であった祖父に連れられて光浦家が経営するホテルの創立記念パーティーに行ったことがあった。

その時、尊は、祖父と一緒に咲夜の父親に挨拶に行ったが、咲夜がピアノ演奏をしていた時であったため、彼女のことは遠くから眺めるだけだった。

「ほら、尊、あの子がこのホテルのオーナーの娘だよ。ここの跡継ぎと言われている。お前よりも一つ年下だ」

父が指差した先にいたのは、真っ直ぐの黒髪にピンクゴールドのドレスを着た少女。

その少女は、品があってとても綺麗なのに、全く表情がなくて人形のようだと尊は思った。

その1年後に尊と咲夜の婚約話を聞くことになるのだが、正直、あの時の咲夜には、興味が湧いただけで魅力は感じていなかった。

咲夜の言う無着色の時代だったのだろう。

彼女が高校に入学し、弓道部で部活動を始めた頃に真那音が生まれた。

インターハイ予選というと、色を持って輝き始めた世界に、咲夜が夢中になり始めた頃。

尊は、輝き始めた咲夜に恋をしたのだ、と改めて知った。


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