主任、それは ハンソク です!
「得の……、あの、私も洋子さん、でいいかしら」
清住さんの奥さんの遠慮がちな声が、私を現実に引き戻してくれた。
「は、はいっ。ぜひ、そうして下さいっ!」
ふふ、と笑うと美知留さんは、では改めてよろしくお願いします、と、どこか既視感を覚える綺麗な姿勢の会釈をした。
美知留さんは、最近話題の新進気鋭な書道家さんで、絶対顔見せ取材NGの書家『散ル』として活動している。主な活動先は海外で、映画や音楽の題字から商品ロゴ、もちろん、自身の個展も行っていて大盛況らしい。
美知留さんは書家という肩書も相まってなのか、とても落ち着いた、正に大人の女性そのものだ。
先週会った時もそうだったけれど、必要最低限の情報で進む男性陣の会話に軽く補足を求めたり、(主にカジタツさんの)無粋に踏み込む会話を軽くいなしたり、時にはしっかりと牽制をかけたり。私には到底できない駆け引きも、難なくこなしていた。
会社では、やり手で切れ者の清住さんも、しっかり尻に敷かれて骨抜きだ、と主任が言っていた意味がよくわかった。