主任、それは ハンソク です!

 主任の言葉に慌ててシートベルトをかけると、車が滑るように走り出す。

「とにかく、荷物を積めるだけ積む……から」

 主任の声が、どんどん小さくなっていく。
 清住さんのこの車は、後ろの座席は取って付けたように狭く、せいぜい旅行鞄が一つ二つ乗る程度。期待したラゲッジスペースも正直、広いとは言えなかったし、しかもそこには、清住さんのゴルフセットという先住民が既にいた。

「なんか、これなら会社のバンとかの方がよかったかもしれないな」

 主任の呟きが居たたまれない気持ちに拍車をかける。

「アイツも人に貸してくれるなら、物くらい降ろしておけって」
「それは違いますよ。こんな急に家を出なきゃならないなんて、私だって、想像も、してなかったから……」

 そう、むしろ車があった事自体、奇跡みたいなものだし。
 それに、今の私たちにとって一番重要な問題は、運ぶ量じゃなくて、時間だ。

 佐野ご夫妻から、向こうを出るタイミングで主任に連絡が入ることにはなっている。でも、やっぱり何が起きるか分からない。

 とにかく家族に見つかることなく、少しでも早く家を出なくてはならない。鉢合わせになれば、きっと私は、物理的にも精神的にも家を出られなくなる。

< 166 / 206 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop