主任、それは ハンソク です!

 そうだ、とりあえずこれからすぐに不動産屋さんに行こう。そう思いついたけども、すでに時間は夜の7時を回り、しかも休日という現実にいよいよ泣きそうになる。

 そういえば今使えるお金だって、今日のお見合いで必要かもしれないと祖父母から渡された五千円札と僅かな小銭と。あと、ほんの少しの貯蓄だけ。
 たぶん、みんなが言っている敷金礼金で飛んで行ってしまう。しかも、私の毎月の給料は、全て祖父母の管理下で、私が簡単に手出しできる状態にはなっていない。

 本当に私はこの先、やっていけるのだろうか。心の中が、今にも絶望で真っ黒に焼焦げそうになる。それを無理矢理奮い立たせて、バッグを肩にかけた。

                   *

 真っ暗な玄関で一人、ぼそぼそと靴を履くと、茶の間の方に振り返り軽く一礼する。下駄箱の上に『今までお世話になりました』と、必要最低限のお礼の言葉をしたためたメモを置いた。

 後ろめたい気持ちを引きはがすみたいに玄関から一歩踏み出すけれど、心が不安を訴える。

 それでも、と弱る気持ちに喝をいれてポケットから取り出した鍵で扉に錠をすると、何度かためらって、やっと郵便受けの中にそれを落とした。扉の向こうでかちゃりと無機質な音がしたとたん、私の中で言い知れない悲しみと開放感がせめぎ合う。

 深呼吸を一つして、家の門までの僅かな距離を歩きだした、その時。

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