エリート弁護士と婚前同居いたします
「私ね、上尾くんには野心があるって思ってたの。私の実家と同じ職業だし、彼はきっとお互いを高め合えるパートナーを望んでるって」
小さな声で日高さんが呟く。

「でも、それは勘違いだった。あなたに初めて会った時、驚いたの。あんなに無防備に優しく笑う彼を初めて見たから。私にはあんな表情を向けてくれたことは一度もなかったわ」
彼女の切ない想いに胸が痛む。
「悔しくて認めたくなかった。私の努力はなんだったのって思った。今までなんでも手に入れてきた自分のプライドが許さなかったの。馬鹿よね。恋にそんなもの、なんの意味もないのに」

傍らの佐田さんがポン、と日高さんの肩を叩いた。日高さんは泣くのをこらえるように唇を噛みしめた。
「ごめんなさい。あなたが羨ましかった。彼が求めるものを持っているあなたが眩しかった。私は彼に安らぎなんてあげられなかった。あんなに甘い彼の笑顔は知らなかった」
彼女の切実な想いに言葉がでなかった。佐田さんがそっと微笑んでくれた。

「茜!」

背後からグッと腕を突然引っ張られた。
トン、と傾いだ身体が誰かの胸に支えられる。
ギュッとお腹の前に巻き付く腕。この声と感触は間違えない。

「朔くん?」
顔だけ動かして声をかける。
見上げると厳しい表情をした彼が眼前のふたりを睨み付けていた。チョコレート色の瞳が凍てつくように冷たい。
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