エリート弁護士と婚前同居いたします
「う、上尾さん?」

 わけがわからず、私は隣に並ぶ長身の男性を見上げる。信じられないことに昼間会ったばかりの彼がいた。
「何?」
 私の手を繋いだまま歩き出そうとする彼を、私は足を踏ん張って引き留める。
「どうしてここに?」
「会いに来たから」
 至極当たり前のようにさらりと返される。
 ……意味がわからない。

「とりあえずそれ、バッグに入れたら?」
 私はこんなにも動揺しているというのに、彼は落ち着きはらって、握ったままになっている私のスマートフォンを指差して指摘する。
 真っ赤になってイラ立ちながらも、渋々私は指摘された通りにスマートフォンをバッグに入れる。そんな私を彼はクックッと可笑しそうに綺麗なチョコレート色の瞳を細めて笑う。

「素直、可愛い」
「何を言って……!」
 カアッと再び顔が赤く染まる。
 可愛いって何!

初めて見る彼の笑顔。笑顔を見せてくれたことがなぜか嬉しかった。この人、こんなふうに笑うんだ。
 ドクン、と鼓動がひとつ大きな音をたてる。彼の笑顔から目が離せなくなる。

「何?」
 私が急に黙り込んだことを訝しんだのか、彼が尋ねた。
「あ、いえ。笑顔を初めて見たなあって。嬉しくなって……」
 ポロッと本音を言ってしまう。
「はあ? まったくお前……本当勘弁して」
 そう言って上尾さんはパッと私から顔を背ける。ツキリと胸に小さな痛みが走る。

「あ、ご、ごめんなさい」
 反射的に謝ってしまう。
 私の馬鹿。なんでそんな余計なことを言うの。
 自分の失言に落ち込む。
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