叶わぬ恋と分かれども(短編集)
恐ろしいほどの憎悪が、血管の中を通り、身体中を這いまわっているかのような気分だった。
これは、この人を手に入れない限り、治まらないんじゃないかという気さえした。どうしてもこの人が欲しいのだ。何をしてでも手に入れたいのだ。あんな人に、この人を独占させたくないのだ。
恋人がいたとしても、この気持ちを伝えないまま終わってしまうのは嫌だ。好きになってもらいたい。ふたりでどこかに行きたい。段ボールも軽々持てる逞しい腕で抱き締めてもらいたい。その薄い唇で名前を呼んで、愛を囁いて、キスをしてもらいたい。
恋人がいる人にそんな感情を抱いてしまうのは、悪いことではないはずだ。伝えなければ、何も始まらないのだから。伝えたことで何かが始まるかもしれない。今まで異性として見ていなかった相手が気になりだすかもしれない。
ほんのわずかな可能性だとしても、それに賭けてみたいのだ。持てる武器は全部持って、挑んでみたいのだ。
だから私は「嫌です」と告げ、店長の胸に抱きついた。
柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。近付いたときや、擦れ違ったときに香る、店長のにおい。それをこんなに近くで嗅いだのは、初めてだった。
「私は店長が好きです。三ヶ月前、出会ったその日から、どうしようもなく好きなんです。私は同じ店で働いているからライフスタイルくらいいくらだって合わせられるし、店長の一番の理解者になれると思うんです。だからお願いです、私のことを異性として見てください。店長が望むことなら何でもしますから」
言いながら自分の身体を、胸を、店長にぐっと押しつける。
私の告白を黙って聞いていた店長は、数拍置いてから「ありがとう」と。静かに告げた。
「でも、ごめんね。俺は今の相手が好きだから」
そして、一番欲しくなかった言葉をくれた。
「今は……今は彼女が好きでもいいですから、私を異性として見てください! もしかしたら彼女よりも良いかもって思うかもしれませんし……なんなら一度デートをしてみるとか、身体の相性を確かめてみるとか……!」
「村山さん、」
「身体には少し自信があります、前の会社で上司からセクハラも受けました、だからお願いです、私を意識してください……!」
「村山さん、ごめんね。きみとはデートも、身体の相性を確かめることもできないよ。彼女が、何よりも大事だから」
今まで聞いたことがない悲しげな声でそう言った店長は、そっと私の肩を掴んで引き離す。
一歩二歩と後退りして店長を見上げ、その悲しそうな表情が目に入ると、私まで悲しくなった。どうしようもなく泣きたくなった。
私は、本気で好きになった人に、振られたのだ。