愛を呷って嘯いて
でも、キスをしたことに加えて、秘密がもうひとつできた。
彼が一人暮らしを始めた頃、お母さんが届けていた料理。あれはお母さんが作ったものではなく、わたしが作ったものだ。
彼は家を出るとき、わたしに電話番号も住所も、大学の名前すら教えてくれなかった。わたしを嫌っていたのだから仕方のないことだろうけど。
両親には連絡先を教えていたから、聞き出して突撃することも可能だったけれど、そうはしなかった。彼が嫌がることは絶対にしたくなかった。
けれど、彼のために学び始めた料理を見てもらいたかった。
そこでお母さんと共謀して、彼に料理を届けることにしたのだ。月に数回、一人暮らしの息子を心配する母を装って、いや、本当に心配していたのだけれど、とにかくわたしが作ったものをこっそりと。
だから彼が食べていたのは、わたしが作っていた料理。「母さんの味に似ている」理由は恐らく、十数年の間に作り慣れて目分量になったからと、お父さんの身体のことを考えてお醤油の量を少し減らしたからだ。
でもこれも言わないほうがいいだろう。彼は知らなくていい。十四年かかってようやく会話ができるようになったのに、ボタン付けができたのに、手料理を目の前で食べてもらえたのに、少しだけ距離が近付くことができたのに、また離れてしまう要因は絶対に作りたくないのだ。
今日はいろいろと、感情が忙しい。十四年分の感情も、十四年間求めていた感情も、全部丸ごと押し寄せてきた。
こんな日は、悪魔の手を借りるしかない。そう、あの悪魔に。