不器用な彼女

前進するのみ

「退院しても大丈夫でしょう!」

6週間の点滴生活を終えていよいよ退院の日を迎える。少しは食べられるようになったから。
病院の治療費の請求にに懐は大打撃だけど。

妊娠は15週に突入し、悪阻が大分落ち着いたのだ。元々太くない体なのに8キロも体重が落ちたけど。

退院の付き添いは尚美にお願いした。電車の座席に座り久々の我が家に向かう。

「で、社長とはあれっきりなの?」

「うん。仕事の事もあるし、“退院したら一度会社に行きます”ってラインしたけど…返事はなかったな」

社長の最後の言葉は『ふざけんなよ!!!!』だった。

「本当に産むの?」

「うん」

「実家に帰るの?」

「うん。…まだ親にも言ってないけど」

詩織の行方不明事件の翌日、母から電話があり、『社長さん…何か様子がおかしかったわよ?』なんて聞いた。詩織との電話を終えた後、「夜分に失礼しました」と頭を下げて帰って行ったらしい。

尚美は電車に揺られながら詩織の母子手帳を珍しそうにパラパラとめくっていた。

「何、この名刺」

《太田医院 委員長 太田恭太郎》

お爺ちゃんの名刺だ。母子手帳のポケット部に入れっぱなしにしていた。

「前、道で転んだ時に助けてくれたお爺ちゃん」

「へぇ、例のお爺ちゃんか」

お爺ちゃんに言われた言葉を思い出す。

「産むと決めたら連絡しなさい」



詩織は久々のアパートに帰り尚美にお礼を伝える。
「何かあったらすぐ電話して!」と自転車に跨る尚美が頼もしい。

そして名刺に印刷してある番号に電話を掛けた。



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