不器用な彼女
《椎名side》

「また来てんのかよ」

「カツミから電話があったの!あんたがオカシイって!有難いと思いなさい!」

姉はプリプリしながらテーブルの上の空き缶やウイスキーのボトルを片付けている。

「仕事は行ってるの?」

「あー行ってる」

仕事は一応してる。やる気もなく、体調も悪く、現場に迷惑をかけているが、自分の生活費と詩織と坂上さんの給料くらいの利益を上げる程度にだ。今は詩織は休職扱いだ。

“退院したら一度会社に行きます”

その言葉はあまり期待してないけど。もう連絡を取らなくなってから6週間にもなる。



「社長が何かしたんじゃないの?」なんて佐原に言われたり、「先輩、どうしたんですか?」なんて坂上さんに言われたりしたのも最初だけで、見るからに気落ちしている自分に気を使ってか周りは何も言ってこなくなった。

「あんた、そのうち死ぬわよ?」

「ん〜、もう死んでも良いかな〜」

「らしくないわね。何?失恋?」

失恋なんて軽いもんじゃない。


「ほら、いい加減起きなさいよ!掃除するから出て行って!」

姉は無理やり布団を引き剥がすと椎名を外に放り出した。

また始めてしまったタバコに火をつける。
毎晩酒に溺れ、ろくな食事も取らず、体重は大分減ったと思われる。丁度良かったサイズのスウェットもブカブカになっている。

コンビニのガラスに映る自分は…また昔のように伸び放題の髪に無精髭と何とも汚らしい感じだ。

(毎日風呂には入ってるし)

そんな事を考えながら30分以上歩いた。いつものランニングコースだった道だ。
腹の弛んだジジイにはなりたくないとよく体を鍛えたものだったけど…今はそんな気も起きない。


体力が落ちたからなのか、昨夜の酒が残っているからなのか、何だか疲れて丁度見つけた公園のベンチに座る。

日曜日の昼間、公園には小さな子供を連れた親子で賑わっていた。

詩織の妊娠をたまたま知り、自分も身を固める時が来たと思ったのに詩織からは何の報告もなかった。
妊娠したのは自分の子じゃなかったのか?
何も言わずに堕したのか?
入院の理由も分からない。

ふぅと吐いたタバコの煙に迷惑そうな視線を感じる。

《この公園は全面禁煙です》

と立っている札に肩身が狭くなり携帯灰皿にタバコを押し込むとまた歩き出した。

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