やさしく包むエメラルド
「次はわたしの番。『お前を一生離さない』」

彼がこれまでで一番怪訝な顔をする。

「なんだ? それ」

「これ言われたら冷めませんか? いや冷めるというより引くかな?」

「ちょこちょこ闇が……」

「独り身長いですからね。幸せな恋愛に対する僻みは、知らず漏れ出ちゃいますよね。あ! もしかして言ったことありました? だったらすみません!」

「はあ!? あるわけないでしょう!」

「じゃあぜひ次の機会に言ってみてください。『お前は俺のものだ』と『俺のこと好きだろ?』もオススメです」

「……確かに、冷や汗で心身ともに冷えそうだな」

徐々に場はほぐれたものの、まったく無意味なやり取りをひたすら続けていると、

「ただいまー。あら? お客様?」

玄関でおばさんの声がしてパタパタと足音が近づいてくる。

「こんにちは。お邪魔してます」

「あ、小花ちゃんだったの。待たせてごめんなさいね」

居間を抜けてキッチンに行きかけたおばさんは、

「あらやだ。熱いお茶なんか出して。今冷茶に替えるわね。それともアイスコーヒーがいいかしら?」

と足を早める。
それに追いすがるように、座布団からはみだして声を掛けた。

「あの! これ、プリンです。よかったらどうぞ」

冷蔵保存なのにすっかり忘れて放置していた紙箱を慌てて差し出した。
中のプリンが汗をかいているらしく、紙箱は少し湿ってやわらかくなっていた。

「あらあら、いつもごめんなさいね。ありがとう」

おばさんは一度中を開け、わあおいしそうねと笑ってから今度こそキッチンに入って行く。
それを見送った彼はひと言もなく、またわたしに一瞥もくれることなく席を立ち、そのまま二階の自室へ引っ込んでしまった。
心地よく吹いていた風が急に止まってしまったような、物足りなさを感じる。
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