やさしく包むエメラルド
ようやく納得したのか啓一郎さんはうなずいて、おばさんに場所を譲るようにお風呂場の入口から離れた。
壁に寄りかかるようにして、そのままそこに立っている。
わたしは排水された浴槽からカーテンを取り出して重ね、ぎゅっぎゅっと手で押した。

「いまいち絞りきれませんね」

べしゃべしゃとしたカーテンは風が吹いても揺らがなそうなほどに重い。

「足で踏めば?」

見てもいないと思っていた啓一郎さんからそんな提案がなされた。

「さすがに他人様のものを足蹴にするのは……」

「さっき踏んでたくせに?」

「おほほほ、何かの見間違いですわ」

「あれ、俺の部屋のカーテンだった」

「……目ざといですね」

やりとりを黙って聞いていたおばさんがクスクス笑いながらとりなす。

「小花ちゃん、踏んでいいから絞ってしまいましょ」

主婦の公認が得られたところで、わたしは思い切ってカーテンの山に乗った。
さっき何度も絞ったはずなのに、じゃばじゃばと水が流れていく。

「おおっ! 減る気配のない体重がこんなところで役立つとは!」

カーテンの山を少しずつ移動すると水がどんどん出て楽しくなってくる。
ダンスの才能なんて皆無のわたしでも、つい身体が揺れる。

「み~ず~が出る出る~♪みず~が出る出る~♪」

「それ、何のCMだっけ?」

おばさんに聞かれて、つい替え歌していたことに気づいた。

「スーパーたけかわで流れてるやつです。魚コーナーの」

『♪ぶ~り~の照り焼き~♪さば~の塩焼き♪』が本家だ。

「ああ! どうりでよく聞くやつだと思った」

「すみません、うるさくして。つい」

「いいの、いいの。人の歌声なんてずいぶん聞いてないし、楽しませてもらったから。続けて続けて」

そう言われると逆に歌いにくくなり、わたしはしずしずとカーテンを絞った。
それをおばさんが受け取ってバスタオルに包みさらに絞る。それでだいぶ水は抜けたようだった。

「これどこだっけ?」

「これは私とお父さんの寝室。レースカーテンはこっちね」

「そういえば、今下山さんに会って、『冷やせないから』ってメロンと飲み物もらった」

「あらあら。あとでお礼言いに行かなくちゃ」

家族の会話とともに、啓一郎さんとおばさんがカーテンを吊るしに向かったので、わたしも自分の分のカーテンを抱えて自宅に戻った。


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