やさしく包むエメラルド

カーテンを洗うこと自体は難しくないけれど、レールからの取り外しと取り付け、フックの取り外しと取り付けがかなり面倒で手間がかかる。
濡れたカーテンで膝を湿らせながらフックと格闘し、イスにのぼって取り付けていると、玄関のドアがゴンゴンと叩かれた。
いつもなら鳴るチャイムもお休み中だ。

「はいはーい」

カーテンを中途半端にぶら下げたままにして、玄関ドアを開けると少し気まずそうに啓一郎さんが立っていた。

「あれ?」

「家の方は父が吊るしてるから、こっち手伝えって。母が」

「何のお構いもできませんが?」

「遊びに来たんじゃないから」

それならお言葉に甘えようとあっさり部屋に上げたわたしに、むしろ啓一郎さんの方が戸惑っているようだった。
用事を済ませて早く帰りたいという空気をぷんぷんさせながら、途中になっていたカーテンをどんどん掛けていく。
わたしはその間に寝室のカーテンにフックを取り付けていた。

「いちいちイスにのぼって掛けて、降りて移動して……って面倒だったんです。助かります」

「こんなときカーテンなんて洗ってるの、うちだけじゃないかな」

「うーん? みなさん、何してるんでしょうね」

電気が使えないだけでできることはかなり減る。
多くの人が仕事も休みになっているはずで、交通網も麻痺しているからそうそう出掛けられない。
窓から見えるたくさんの屋根の下にはたくさんの人がいるはずなのに、そこで何をしているのかまったく見当がつかなかった。

「おとなしく本でも読んでるのが普通じゃないかな?」

「啓一郎さんはテストの前の日にはちゃんと勉強してたタイプですよね?」

「タイプもなにも、テストの前の日はみんな勉強するでしょ」

「わたし、つい引き出しの整理とかしちゃうタイプなんですよね。隅に詰まって取れなくなった消しゴムのカスをコンパスでほじくり出したり。非常事態っていつもやらないことやりたくなりませんか?」

「ならない」

「……でしょうね」

コンパスで消しゴムをほじくる啓一郎さんの姿は、わたしにも想像できないもの。

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