やさしく包むエメラルド


朝のテレビから流れるのは、大企業の脱税、大臣のセクハラ発言、人気芸人の不倫。
この汚れ切った世界に憤りを感じ、持っていたグラスを握り砕く。
……ことは当然なく(だって握力20以下だし)、半分閉じたままの目でチーズトーストをもそもそと噛んでから、ひび割れひとつないグラスで牛乳を流し込んだ。

ガラステーブルの上にグラスを戻すとガチッという音がする。
ふと、宮前さんの家ではこんな音はしないと気づいた。
お皿が触れ合うときこそ多少はかちゃかちゃしているけれど、あとはたいてい「ことり」と落ち着いた音がする。
おそらくテーブルがそれなりに重さのある木でできているのだろう。
さらにメニューもご飯にお味噌汁がメインの和食で、食器も陶器や漆器が多く、グラスは使っていないかもしれない。
朝早く漏れ聞こえるその音は賑やかであってもうるさくはなく、身を任せたくなるものだった。

『次は双子座のあなた!』

番組はいつの間にか星占いコーナーに入っていて、双子座のわたしは仕事運が好調と言われた。
じゃあ休みたいから誰か代わりにやってくれないかなー。
ヨーグルトの空容器を置くと、今度はカコッという音がした。
我が家のテーブルからは情緒豊かな音はしない。
乳製品(チーズ)&乳製品(ヨーグルト)&牛乳。宮前さんの朝食はこんな白っぽくないに違いない。
たとえば、ご飯(白)、お味噌汁(赤茶)、ほうれん草とベーコンの炒め物(緑とピンク)、だし巻き玉子(黄色)……。
妄想してみた結果、だし巻き玉子を黄色にする自信がないので(あれ、茶色になりますよね?)、白っぽいメニューで妥協することにする。

『ラッキーアイテムはスニーカー』

「あ、今日木曜日だ!」

この地域は月曜日と木曜日が家庭ゴミの日。
生ゴミをビニール袋に移してからゴミ袋に入れ、冷蔵庫に眠り過ぎている危険な“元”食品はないか目を凝らす。
やつらの擬態はかなり巧妙で、さも食べ頃のように鮮やかな色味を保ったまま、恐ろしいものへと変化していたりするのだ。
そうして袋の余裕を確認してから、捨てよう捨てようと思っていたベージュ(と呼ぶにはだいぶ土気色)のスニーカーとくたびれたパンプスを突っ込んだ。
ラッキーグッズを捨てるのを躊躇うほど、サザンカゆりえ(占い師)を信じていない。
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