やさしく包むエメラルド

ゴミ収集所は宮前さんの家と反対方向の、十字路の角にある。
折り畳み式のボックスが設置されており、最初に捨てる人が開いて、ゴミが回収された後は、週替わりの当番が簡単な清掃とボックスを畳む作業をすることになっている。

袋の重さに耐えながらよちよち歩いて行くと、すぐ先に白いシャツを着た背中が、ゴミ袋を両手にひとつずつ持って歩いていた。
高くなり始めた太陽の光が、シャツの白さで一層まぶしく感じて、わたしは目を細めた。

彼は宮前さんの息子さんであり、25歳のわたしより年上だろうと予想はしているけれど、顔以外何も知らない。
硬質な髪の毛だけが、日差しの影響を受けないかのように黒々としている。

「おはようございまーす」

ボックスの蓋を開けてゴミ袋を入れている彼に、わたしは笑顔で声を掛けた。
彼はこくんとうなずくようにして、

「おはようございます」

と挨拶を返す。
口の開き方が浅くもごもごしているので聞き取りにくい。
定型の挨拶でなければ、閑静な住宅街の中にいてさえ何を言っているのかわからないと思う。
だけど相手はただのお隣さんで、このゴミ捨てのときくらいしか顔を合わせない存在だ。
たとえ無視されたとしても別に構わない。

チュンチュンという鳴き声が頭上を通り過ぎていく。
それをなんとなく目で追いながら、彼が場所を空けるのをぼんやり待っていた。
スズメなんて久しぶりに見たかも。
最近見ないのは個体数が減ったのか、わたしが周りを見る余裕をなくしているのか。
そんなことに気を取られて一向に動かないわたしを、彼はボックスの蓋を押さえて待っていた。

「あわわ、すみません!」

慌ててゴミ袋を突っ込もうと持ち上げるけれど、そこそこ高さのあるボックスの壁をゴミ袋は越えてくれない。
本当に何がそんなに重いのか。
あ、スニーカー捨てたから、あれか!
犯人は判明しても、脆弱な筋肉の助けにはならず、ゴミ袋はドサリと道端に落っこちた。

「ああああ!」

ベージュのスニーカーはもちろん、納豆の容器やチョコレートの包み紙という、わたしの毎日がうっすら透けて見える袋を、彼は無言で拾い上げた。
屈んだ瞬間、夏の海のように深い青のネクタイが胸元を離れ、ゴミ袋をさらりと撫でる。
ゴミ袋は今度こそ、悠々とボックスの中に収まった。

「ありがとうございました」

彼はふたたびこくんとうなずいて、薄く開いた口から何かを言った。
「どういたしまして」と言ったのか「受けた恩は身体で返せ」と言ったのか、定型の挨拶でないのでわからない。
そして今度こそわたしを置いて帰って行った。

約50mの距離を真っ白な背中を眺めながら戻り、その背中がお隣の門に入るのを見送る形になった。
まもなく黒い車がそこから出て走り去っていく。
さて、みんな出勤の時間だ!

目覚めたときは涼しかった空気も、すでにじっとりと重い熱を持ち始めていた。
濃くなった青空を見上げると、矢のような日差しが目を射る。

「夏だなー」

まぶしさから地上に顔を戻して、わたしは自転車置き場へと足を進めた。



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