やさしく包むエメラルド
「うちの夫も啓一郎も『おいしい』なんて言ったことないわよ。出てくるのが当たり前だと思ってるんでしょ」

「それはいけませんね。じゃあ今夜絶対『おいしい』って言わせましょう!」

さまざまな想いとさまざまな食材が溶け込んで、カレーはとりとめのない色を帯びていく。

「なんだか複雑な色ね」

「大丈夫ですよ! ルーさえ入れれば。カレールーはすべてを均一に染め上げる黒い絵の具みたいなものですから」

「黒い絵の具は、あんまり食べたくないわねえ」

つぶしたトマトとすりおろしたリンゴを加えて、なんだか赤サビみたいな色合いのドロドロをかき混ぜていると、おばさんがさみしげに笑った。

「誰かとおしゃべりしながら料理するなんて、ずいぶん久しぶり」

「そうですね。わたしも実家に帰ったときくらいです」

「お母様は楽しいでしょうね」

「うちは母も姉もしゃべり倒すタイプなので、キッチンは戦場です。このお家みたいにゆったりした空間に憧れます」

たいていは姉の恋愛話が中心で、わたしは口を挟まず聞いていることが多いのだけど、気づけば母と姉がケンカしていたりする。
似た者同士のふたりはお互いに一言多いのだ。
実家において、わたしと父は気配を消すことに徹している。

「うちはひとり息子だから娘に憧れてね。いつか啓一郎にお嫁さんができたら、いろいろおしゃべりしながらお料理したいって思ってたんだけど」

一軒家なだけあって広いキッチンは、こうしてふたり並んでも窮屈な感じはしない。

「啓一郎さんなら、もうすぐやさしくて料理上手なお嫁さんを連れてきますよ」
< 32 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop