やさしく包むエメラルド
『生きてきた中で一番』と言っても、それは『とても』の最上級の言い回し、要は言葉の綾であって、事実であることは少ない。
けれど、貝出汁ラーメンは、誇張でも何でもなく、生きてきた中でも一番まずいラーメンだった!
「品薄でも余ってた理由がよくわかりますね。これすごいです。最強です。うちのセクハラ部長の退職祝いはこれにします」
“貝出汁”はスープだけでなく麺にも練り込まれていたようで、茹ですぎた蕎麦のようにベタベタキシキシ歯触り悪いことこの上ない。
「本当に“貝出汁”ね。もう少し別の出汁も合わせてあればよかったのに」
おばさんはお醤油とお湯を少しずつ足してみたけど、貝出汁が緩和された様子はなかった。
「そうですね。鶏出汁足して貝出汁抜いたらおいしいスープになりそうです」
おじさんと啓一郎さんは何も言わず、ハイスピードでラーメンを平らげた。
テレビから流れるニュースでは各地の台風被害を知らせていて、県内は停電さえ復旧すれば大過なくやり過ごせたらしい。
他県でケガをしたり避難所生活を余儀なくされた人に比べて、非常に呑気に過ごさせてもらった。
洗い物を済ませてしまえばもはやすることもなく、お茶を何杯もごちそうになった。
それもさすがに限界で、わたしは少ない荷物を持って立ち上がる。
「お世話になりました。とっても助かりました」
「こちらこそ。小花ちゃんがいて楽しかったわ」
「わたしも楽しかったです」
おじさんとおばさんと啓一郎さん。
全員が見守る中、少し緊張して靴を履く。
「またおいで」
よく見るとほんの少し口角を上げておじさんが言ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
「啓一郎、送ってあげて」
「え! いえ、大丈夫ですよ。ほんの15mくらいなんですから」
わたしが手をぶんぶん振っている間に、啓一郎さんがスニーカーを履いて玄関のドアを開けるので、急いでその後を追う。
「あ、じゃあ、おやすみなさい!」