やさしく包むエメラルド

廊下の先に開かれたままのドアがあり、覗き見るとそこが居間だった。
初めて見たけれど、まったく想像通りの場所だ。
12畳ほどある畳の部屋には誰もおらず、壁際のテレビも消されている。
奥には使い込まれた茶箪笥と、今はカバーをかけられたFF式ストーブ。
部屋の真ん中には木目も鮮やかな大きなテーブルがどーんと鎮座しているけれど、それ以外は何もなく広々としている。
分厚く重そうなそのテーブルは艶やかに清められていて、縁側の向こうに広がる庭の緑が、その表面に映り込むようだった。
夏の庭からひと続きに繋がる夏の居間。
葉の香りを含んだ風が下げられた簾をふうわりと揺らしてから、わたしの頬も撫でて、廊下へと抜けて行った。

茶箪笥の隣にある磨りガラスの引き戸がガタガタと開けられ、彼がお盆の上にお茶のセットを乗せて入ってきた。
そちらがキッチンのようだ。
朝に聞こえる戸を開ける音と往復するような足音は、キッチンに食器を運んでいるときのものらしい。

「どうぞ」

片手にお盆を乗せたまま、もう片方の手でちょっと座布団を直したので、「お邪魔します」ともう一度言ってからそこに座った。
座ってしまってから、あれ? 座布団っていきなり座ったらダメじゃなかったっけ? と、カビた記憶を探りながらお尻をもぞもぞと動かす。

「すみません」

私の謝罪に、彼は視線を合わせて応える。

「あの、座布団に座ってしまいました」

「……なにか問題が?」

「えーと、最初は座布団を断って畳の上で挨拶してから、再度勧められるのを待って座るのがマナーだって、テレビの講座で観たような……」

わかりにくいけど、少し目を見開いたようだった。

「そうなんですか?」

「はあ、多分。失礼をしてしまいました」

「うーん。でも、俺が知らないんだから、失礼にはならないでしょう」

小首を傾げて考える姿が、ちょっとだけかわいく見えてしまった。
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