やさしく包むエメラルド
低い気温と熱いお湯のせいで、露天風呂は湯けむりで真っ白だった。
岩を並べたようなつくりは不安定なのに、足場も底も見えにくい。
寒くて飛び込みたい衝動に耐えて、慎重に足を入れる。
「ううーー、あったかい! 啓一郎さん、入りましたか?」
「入った」
反響のない露天風呂はさっきより声が拾いにくい反面、距離はすぐ近くになったような気がする。
「湯気で景色もよくわからないですね。あ、でも星きれい」
もくもくと上がる湯気に掻き消えることなく、ザラザラとたくさんの星が夜空に散らばっていた。
「こっちは月も見える」
「わたしの方からは見えません」
温度が高いせいか肌がピリピリと熱くなり、足場の段差に腰掛けて半身を夜空にさらした。
「啓一郎さんってば。何か話してくれないと怖くなります」
影しか見えない庭木が背中の後ろでザワザワと揺れる。
明るいときならばリラックスできるそれも、今は怖かった。
「小花」
「はい?」
「さっきは悪かった」
蒸し返されるとは思わず、息を呑む。
「小花と、仕方なく話してるわけじゃない。俺は話を切り出したり、繋げることが苦手だから、むしろ助かってて……その……」
ザワザワと枝が鳴る。
露天風呂に注ぎ込むお湯とその枝の音しか聞こえない。
星の方がうるさいくらいに、啓一郎さんはまた黙ってしまった。
「わたしがいた方が楽しいですか?」
「それはもちろん」
「おばさんが?」
ちゃぷ、という音しか聞こえなくなった。
お湯に入って男湯の近くに移動する。
そして啓一郎さんに繋がる石壁を叩いた。
「わたしがいて楽しいのは、おばさんだけ?」
「……俺も楽しい」
「よかった!」
遠くでザワザワと木々の枝を揺らす音がして、数拍遅れてこの庭木の枝も揺れた。
大きく強い風は冷たくわたしの顔を叩いて去っていく。
「……寒い」
石壁の向こうで声がして、ちゃぷんと水音も聞こえた。
こうして仕切りで分かれていても、同じお湯、同じ風の中にわたしと啓一郎さんはいるのだ。