やさしく包むエメラルド
「啓一郎さん、ペナルティとして、恥ずかしかった過去をひとつ暴露してください」

「ええっ!」

「さあさあ、早く」

啓一郎さんが黙ってしまうと、わたしはひとりぼっちになる。
それでもさっきまで感じていた恐怖感はもうなくて、むしろ星のまたたきは輝きを増して見えた。

「……小学校のとき、」

注ぐお湯の音に紛れそうな声で、啓一郎さんは話し出す。

「井山誠一郎君っていう絵のうまい子がいて、全国のコンクールで入選したんだ。当然全校集会で表彰された。俺はそれをぼんやり見ていたんだけど、突然名前を呼ばれた気がして慌てて『はいっ!』って返事したら……」

くくくくっと笑いが漏れて、あったまった手で口を押さえたけれど、きっとバレてしまっただろう。

「似てますね。『いやませいいちろう』と『みやまえけいいちろう』」

「全校生徒に笑われた」

「あはははは! かわいいなあ!」

自分も笑って誤魔化すなんて器用なことはできないタイプだから、その時間は長く辛かったことだろう。
タイムマシーンがあったなら、笑われている啓一郎君の元に走って行って抱き締めたい。

「よくありますよね。わたしも公園で名前呼ばれて返事したら、犬の名前だったってことが何回もありましたよ」

「犬?」

「『ハナ』って犬、近所に2匹くらいいたんです」

「そういえば従兄弟の家で飼ってたネコも『ハナ』だったな」

「単純過ぎるんですよ、ネーミング! わたしももっと派手な名前ならよかった」

「例えば?」

「うーーーーん、『胡蝶 蘭』とか?」

「名字まで変わってるぞ」

「『笠武 蘭花(カサブ ランカ)』」

「だから名字……」

のぼせてもいいからこのままずっと話していたいような、さっさと上がって顔を見たいような不思議な気持ちだった。
文字通り石にかじりついて会話を続けていたけど、

「さすがにもう上がろう。これ以上は危ないから」

と言われてしまった。
立ち上がるとくらくら目の前で星が舞う。
あ、本当に危なかったんだってようやく気づいたけれど、それでも名残惜しさは消えなかった。




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