やさしく包むエメラルド

「なんか……変わった?」

啓一郎さんが少し身体を傾けて顔を覗いてくるので、さっと前髪を手で押さえた。

「昨日、自分で前髪切ったんです。ちょっと切りすぎちゃって」

指で伸ばして切ったのが良くなかったのか、切り揃えて手を離すとふわんと短くなり、またラインもギザギザになった。
ちょこちょこ修正を加えるうちにどんどん短くなって、今は眉よりやや上で揃っている。

「ああ、言われてみればそうだけど、そこじゃなくて、なんだか痩せた気がする」

「あはは、ダイエットの効果、出ましたね!」

啓一郎さんは笑ってくれず、さっきから探るように顔をじっと見る。
そしておもむろにわたしの頬、そして額に触れた。

「……やっぱり。熱ある」

「え? 大丈夫ですよ。薬も飲んだし」

「いや、かなり高い。立ってるのも辛いはず」

確かにずっと足元はふらふらするし、頭はぼんやりするけれど、それは風邪薬を飲めばいつものこと。
熱があると言われてもこれから出勤だ。
どうしたものかと回らない頭で考えていると、いきなり頭の位置が変わった。

「うわっ! ええ!」

米俵を担ぐ要領で啓一郎さんはわたしを抱えて自宅へ入っていく。
急に担がれたせいで、元々ぼんやりしていた頭が、今度はクラクラしてきて目を開けていることもできない。
目を閉じても世界はぐるぐる回っていた。
啓一郎さんはヒールのないブーツを玄関のたたきにポイポイ捨てて、ずかずか廊下を進む。

「あら! 小花ちゃん、どうしたの?」

おばさんの声はずっとずっと遠くで聞こえたけれど、もう答える力は残っていなかった。

「熱ある。かなり高そうだから、母さん頼む」

そのまま階段も上って行く間、わたしは役得だと感じる余裕もなく啓一郎さんにしがみつき、夢とうつつの間でとりとめのないことをぐるぐる考えていた。

茶碗の欠けた半分はどこに行ったんでしょうね?
時間割がない、時間割がない。
レーザービーーーーム。
啓一郎さん、啓一郎さん、待っててね。
がんばるから、待ってて。
あ、クリームパンが!



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