やさしく包むエメラルド
「おはようございます」
「おはよう」
翌月曜日。
ゴミ袋をふたつ抱えた啓一郎さんと並んでゴミ収集所まで歩く。
もう会いたくない。
そう思ってゴミを捨てる時間を変えようかと思った。
それなのに、7時23分が近づいたら居ても立ってもいられず家を飛び出していた。
どんなに心が痛くても、会わずになんていられない。
わたしにとって啓一郎さんはそういうひとだった。
「『チーズケーキごちそうさま』って母が」
「いえ。お世話になりっぱなしなので、それくらいは」
子どもっぽくてどうしようもないけれど、一応大人なので、ドロドロに焼けただれた嫉妬を誤魔化す程度の精神力は残していた。
「今日も曇り空みたいでいい色のネクタイですね」
「もう少しいい例えはないのかな」
これから晴れ間が覗き出すような、明るく希望に満ちたグレー。
太陽光が漏れ出すように艶のある生地が朝の光を反射して輝く。
「素敵な春の色ですよ」
ボックスの蓋を開けてふたつゴミ袋を入れた啓一郎さんは、もう馴染んだ仕草でわたしの分のゴミ袋も入れてくれる。
「ありがとうございます」
たった50mの往復を泣きたいような、怒りたいような、愛しい気持ちを噛み締めて歩いた。
この恋を終わらせたら、引っ越しした方がいいな、と考えながら。
「小花」
いつもはそのまま別れる啓一郎さんがわたしを呼び止めた。
「はい?」
大好きなその顔に見入っていたら、やさしい手がふわっと頭の上に乗った。
「なんだかずっと頑張ってるみたいだけど、ちゃんと待ってるから、あんまり無理するな」
「『待ってる』って?」
「『待ってて』って小花が言ったんだろ」
「わたし、そんなこと言いましたっけ?」
「言った」
「覚えてません」
心地よい重みが、頭の上から消えた。
「じゃあ、待たなくていいの?」
このひとは何をどこまでわかっているのだろう?
たくさんの疑問が身体中を駆け巡って、結局口にしたのはひとつだけ。
「待ってて」
停電の夜みたいに、海辺のときみたいに、デートしたときみたいに啓一郎さんは笑って、もう一度わたしの頭に触れた。
そして、
「じゃあ、気をつけて」
と仕事に行ってしまう。
たったあれだけで。
離れてしまった手に手を重ねるように、自分の頭に手を乗せる。
その手がたとえ瑠璃さんに触れたものであっても、わたしは何度だって容易く堕ちるのだ。
啓一郎さんは『明るさは強さ』だと言ってくれたけど、あのひとの風はもっとずっと強い。
覆いつくした雲を一瞬で払うほど。
「無理するよ。全力で無理する」
だから、どうか待ってて。