やさしく包むエメラルド
じっくりとそれを見た啓一郎さんは、気の抜けたラムネのようなへなへなとした表情をする。

「これまでいろいろ変だったのはぜんぶこれのため?」

「変でしたか?」

「たとえば車。ちょっとおかしいと思ってて」

奨学金を返還してから告白する。
そう決めて、一番最初にしたのが車を手放すことだった。
元々中古で買い、3年乗った愛車は売値こそたいしたものにはならなかった。
それでも駐車場代毎月3000円、ガソリン代に定期メンテナンス代、オイル交換など考えると、持っているだけでお金がどんどん出ていく。
加えてスタッドレスタイヤが交換時期に来ていたことと、車検も近かったために猶予なく売り払った。

「はい。維持費が出せなくて」

「歩いて通勤してたのも?」

「バス代がもったいなくて」

「もしかして髪も?」

「美容院に行けなくて」

「ダイエットじゃないだろ?」

「あと削れるところ、食費しか……」

「きみはアホか!」

わたしの想いそのもののはずの通知書でぺしっと頭を叩かれた。

「こんな無理しなくても小花の気持ちを疑ったりしない!」

「わかってます! だけど、一抹の不安も、差し挟むのが嫌だったんです!」

ギリギリの生活を長く続けることで、思った以上に精神が追い詰められた。
お腹はすく。
食べ物は質素。
気晴らしの外食どころか、甘いものひとつ口にできない。
お湯をためると高いから毎日シャワーだけ。
そのせいで疲れがとれない。
テレビ、エアコンはコンセントから抜いて、土日はずっと図書館で過ごした。
友達には事情を話し、仕事上必要な飲み会を除いて人と会うことさえ我慢した。
二ヶ月を過ぎた頃から心が弱って、あのとき、啓一郎さんが瑠璃さんに会っていた週末。
街をふらついていたわたしは、自暴自棄になってファミレスに入り、一番高いパフェを頼んだ。
899円。一袋78円の食パンを食べるわたしにとって、その値段もさることながら、それは啓一郎さんへの想いを捨てるに等しい行為だった。
一番上の生クリームをひと匙すくって、そこから先、どうしても口に運ぶことができず、ドロドロに溶けていくアイスを見ながらお水だけ飲んで店を出た。

あのあと、啓一郎さんが「待ってる」と言ってくれて、改めて誓ったのだ。
ここまで来たら啓一郎さんのためでなく、わたしのためにやり遂げるべきだって。
これを途中で投げ出したら、わたしの恋が色を失う。

「少しは証明できましたか? 啓一郎さんがわたしにとって、お金より価値があるって。わたしの真剣な気持ち、ちょっとは伝わりましたか?」

涙と鼻水で汚くなっていくわたしを見て、啓一郎さんが視線をさまよわせたので、自分でテーブルの下からティッシュを取り出して拭いた。
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