やさしく包むエメラルド
「どうぞ。すぐにあったかくなると思うので」

エアコンとファンヒーターの両方をつけて、手鍋に水を入れていると、啓一郎さんは、

「何のお構いもしなくていいよ」

と、すでに聞く態勢を整えてローテーブルの前に座った。

「俺を待たせてた話なんだろう?」

まだ外気温と大差ない部屋の中でコートを脱いで、テーブルの向かい側に座った。
けれど、寒さはまったく感じなかった。

「これ」

さっき郵便受けから取ったばかりのハガキを開いて出すと、啓一郎さんはそれを見て、

「何してるのかと思ってたけど、これか……」

と納得したような声を上げた。

「奨学金、全額返還しました。もうスッキリサッパリきれいな身体です。……貯金通帳もスッキリサッパリしましたけど」

もし今結婚式の招待があれば断らなければならないほど、“人の気配のしない”お財布事情。
通帳に記された金額は一時“貯金額”というより“端数”という言葉がふさわしいほどに落ち込んだ。

「それであの、」

強すぎる想いより先に、胃の中から別のものが出てきそうで、情けなくもモジモジうつむいたまま告げた。

「わたし、ずっとずっと啓一郎さんのことが好きなんです。お金なんていらないから、啓一郎さんのぜんぶが欲しいんです。……これでもかなり急いだんですけど、もう遅いですか?」

『奨学金返還完了通知書』
生活を切り詰めても元々たいしたお給料ではないので、捻出できるお金もたかが知れている。
それでも節約生活のおかげで、残業代とボーナスはまるまる返還に充てられた。
先月冬のボーナスが入って、とうとう全額返還でき、ひと月してようやく送られてきたのがこの通知だ。
ここまで来る道のりの遠さと苦労を思ったら泣かずにはいられない。
わたしにとってそのハガキは、啓一郎さんへの想いそのものだった。
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