ぼくたちだけの天国
Chapter 1 神崎秋弥
隠しててもしょーがないから、話すね。
 俺、すっげー好きな子がいるんだ。
 茅野さん。知ってる?
 そうそう、野球部の茅野霧香さんだよ。
 なんで好きなの? って聞かれると、答えに困るんだけどね…あれは一年生の春、入学式の日。
 新しいクラスの中で、隣の席にいた女の子。
 それが茅野さんだった。
「おはよう。柳原小から来た神崎だよ。よろしく」
「あ…茅野、です。緑ヶ丘小…です」
 ちっちゃく頭を下げてくれた茅野さん。サラーッとしたロングヘアがよく似合う、ちょっと大人びた感じの子だった。
 …うん。
 一目惚れ、だね。
 理屈じゃあないんだ。ハートがさ、もう全開で「俺この子好き!」って叫んだもんね。
 だから、俺の中学校生活って、超ハッピーなスタート決めたんだよ。
 もうさ、
「are you happy?」
「yes i’m happy!」
 こんな感じで、さ。

 茅野さんは、その頃から静かな女の子だったね。いろいろ話しかけても、返事の基本が「うん」と「ううん」だったから。
 でも、こっちの話を無視してるわけじゃないんだ。ちゃんと聞いてくれてんのは分かるんだ。
 だってさ、茅野さんはおしゃべりしてるとき、真っ直ぐに俺の眼を見てくれていたから、さ。
 俺の話で、初めて笑ってくれたのが、話すようになって一週間くらいしてからだった。
 あー、嬉しかったな、あのときは。
 それから、いろんな話をしたよ。しゃべってるのはほとんど俺だったけど、茅野さんの笑顔が見たくて、いろんな話をしたんだ。昼休みなんか、ほとんど茅野さんを独占してるようなもんだよ。たまに茅野さんはどっか行っちゃうこともあったけど、まあだいたいは一緒にいて、どーでもいい話ばっかしてた。
 たまに、俺の幼なじみのばかすけも加わってさ、そーゆーときはカードゲームとかやったりしてたけど。
 楽しかったんだ。
 一年間、本当に楽しかった。好きな女の子がいる楽しさ、その子と一緒にいられる楽しさは、今までの俺が知らない楽しさだったからね。
 それで…あれは、一年生も終わりに近づいた冬の日。
 部活…あ、俺軽音楽部なんだけど、部活してるときに、同級生のキーボーディスト、綾崎沙弓ちゃんが口ずさんでたTHE ALFEEの曲にショックを受けたんだ。
 それはね、
「I wanna be your lover 恋人になりたい」
 っていう、すっごいストレートな歌で、さ。
 あー、俺、これだーって思ったよ。
 なんだよそーじゃん。俺、恋人になりたいんじゃん。茅野さんの恋人になりたいんじゃんよ。
 なあんて思ったんだ。ただ好きだった気持ちが、一歩前に進んだ感じかな。
 でも問題があった。
 それはね、恋人になるためにはどうしたらいいのか、ちっとも分からなかったってことなんだ。
 告白すりゃいい? うんそうだよね。
 でも断られたら? もう二度と、今までみたいに楽しく過ごせなくなっちゃわない?
 そんな感じでグズグズしてたら、えらいことになっちゃったんだ。
 クラス替え。
 そう、気がつけば三月、春休みに入ってて、新学期になって…俺は、茅野さんと違うクラスにさせられちゃったんだよ。
 これはショックだった。だってさ、それまで茅野さんと違うクラスになるなんて、思いもしなかったんだから。
 でさ…二年生にもなると、周囲にもぽつぽつ恋人同士ができてくるんだよね。
 焦ったよ。俺がもたもたしてる内に、茅野さんが誰かに取られたらどうしようって。考えただけで叫びたくなったよ。
 好きな女の子と違うクラスになる。
 そんな、シェイクスピアでも書かないような悲劇に見舞われて、俺は思ったんだ。
 気持ち、伝えなきゃって、さ。
 それまでは、同じ教室にいた茅野さん。
 二年生になったら、違うクラス。せめてもの接点は、部活くらいだった。
 あのさ、俺のいる軽音楽部の部室でもある第二音楽室…まあ、早い話が倉庫なんだけど、校舎の三階にあるその部屋から下を見れば、中庭のグラウンドで練習する野球部が見えるんだよ。
 でね、そこにはいつだって、長い髪をポニーテールに束ねた茅野さんがいたんだ。
 部活に行けば、茅野さんに逢えた。
 だから俺、毎日部活行ったよ。
 そこでアピールしたよー。もう、「必死だなww」くらいの勢いで。
 つっても、野球部の練習が小休止したとき、「茅野さーん」なんて叫んで手を振ったりするくらいだけど、さ。でもね、茅野さんも小さく手を振り返してくれるんだよ。
 嬉しいんだ、あれ。
 あとさ、茅野さんが好きだって話してたAKB48の曲なんかをギターで弾いたりしてね。もちろん、中庭にいる茅野さんに聞こえてることを意識して、さ。
神様はキース・リチャーズ、Rolling stonesな俺がそんなことしてるから、さっきも話した部活の仲間の沙弓ちゃんに、「どーかしちゃった? やなことでもあった?」なんて変な心配されちゃったよ。
 まあ、そんな感じで二年生は、正直楽しくなかった。まあ、軽音楽部の中で気の合う沙弓ちゃんと、ギターとキーボードのユニット〈mist fragrance〉を作って文化祭に出たりして、そーゆーことは楽しんだんだけどね。茅野さんの前でカッコつけるんだ、的な。
 あー、そう言えば、ユニットの名前決めるときにはもう、沙弓ちゃんにはおもっきし茅野さんへの気持ちがバレてたんだ。だから開き直って、こんな名前にしたんだけど、さ。
 茅野さん? こんな名前にしたよーって言ったら、きょとんとしてた。「…あたし?」だって。名前の響きが綺麗だったからって言ったんだけど…本当は、
「貴女への想いを込めました!」
 みたいに言えたらよかったんだけどね。よし言うぞって前の日の夜にイメージトレーニングまでしてたのに、結局言えなかった。俺なんかどーせ。
 でもさ…茅野さんと俺、仲は良かったと思うよ。茅野さんは口数の少ない人だけど、俺を見つけて向こうから挨拶してくれたこともたくさんあった。茅野さんがそんなことを他の人にしてるところなんか見たことないから、ちょっとレアかも、なんて感じで嬉しかったな。
 そんな二年生のとき、重大事件がいっこ。
 あのね、発端は二年生の冬休みに入る日、つまりは終業式の日なんだけど。
 校舎を出たとき、偶然茅野さんに逢えたんだ。もちろん話しかけるよね。
 そこで俺、ちっぽけな勇気を出したんだ。
 そこから始まったんだ。
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