Shine Episode Ⅱ


籐矢を見上げ、まさか……と言ったきり、次の言葉をためらっている。



「言いたいことがあったら言ってみろ」


「でも、うかつに言うことではないので……」



そう言いながら、躊躇いがちに口が開いた。



「水野君のお父さん、外務省勤務だったって、過去形ですね。

思ったんですけど……水野君のお父さんは、麻衣子さんと同じ事件で亡くなられたんじゃないかと……」


「よく気がついたな」


「そうでしたか……」



手にしていたグラスをテーブルに置いた水穂は、悲痛な顔でうつむき、深いため息を漏らし、黙り込んだ。



「俺と水野は、被害者の家族として知り合った。水野が警察学校に入学してきたときは驚いたよ。

だが、どうして警察に入ったのかと、そのとき聞くことはできなかった。

アイツの気持ちは、俺には痛いほどわかるからな」



コクリと水穂の頭がうなずいた。



「水野が爆発物のエキスパートを目指したのは、当然と言えば当然、偶然と言えば偶然だな」


「あの、よくわかりませんが……」



大学で化学を専攻しいていた水野が入った研究室の教授は、爆発物の権威だった。

在学中に父親を亡くしたことにより、テロ撲滅のために警察関係へ進むことにしたそうだと、言葉を選びながら水穂へ語りかけた。

それで、捜査員として客船に乗り込んでもらったのだと、水野とのつながりを簡潔に伝えると、水穂はふたたびうなずいた。



「今回の事件は、白黒つけられないままに終わってしまった。

蜂谷はボスじゃない、黒蜥蜴でもない、井坂先生でもない。井坂のアリバイは完璧だった。

じゃぁ誰かということになるが、俺は井坂が関わっていると思っている」



井坂先生と言っていたのが、途中から井坂と呼ぶようになった。

籐矢は 「井坂匡」 を危険人物とみなしていた。



「えっ、でも、アリバイが完璧だったって」


「だから怪しいんだよ。小松崎教授との関わりもグレーのままだ。あの楽譜、覚えてるか?

おまえにはまだ言ってなかったが、客船内でも発見された。井坂の指紋が検出された」


「じゃぁ、やっぱり井坂先生がみんなをあやつって」


「もちろん事情を聞いたが、井坂の言い分はこうだ。

かつての留学生たち、角田のことだが、彼らが何かを企て暴走しているようだと気がついた。

不審な箱を設置しているのを見た。だが、それだけでは問題視できない。

誰かに知らせるために、箱を彼らのキャビンの前に置き直したそうだ。

楽譜については、水穂が連れ去られるのを目撃したが、留学生がやったと断言できないので……」


「そうと知らせるために楽譜を残したんですか? 暗号入りの楽譜を? 

わざわざ犯人だというようなことするなんて、ありえません」


「暗号入りだったとは知らなかったと、井坂は言っていた。

小松崎教授から渡された楽譜を、コピーしただけだとね」


「ますますわかりません。誰が指示したんですか? あぁ、頭が変になりそう」



両手で頭を抱え前後に振っていた水穂が、「うっ」 と、うめいて顔をしかめた。



「どうした」


「吐きそう……」


「バカ、飲んでそんなことするからだ。おい、立てるか」


「はい……うっ……」



口を押えた水穂を抱えて籐矢は廊下を走った。

わずかばかり戻したが大したことはなく、けれど気分が悪そうにしている水穂の背中をさする。

さすりながら、まだ伝えていない事柄を口にした。



「事件の解決には、まだまだ時間がかかる。

京極長官と近衛部長が退任したあとの人事に、事件関係者を投入したのはそのためだ」


「偏った人事を、よく周りが承知しましたね」


「客船の警備情報が漏れていた、警察内部に通報者がいたと話したのを覚えているか」


「はい。あっ、だから、被害者の家族につながる方をトップに据えたんですね。

内部からの情報が漏れないように」


「そうだ。それと」


「まだなにか?」


「『客船 久遠』 から見つかった財宝だが」


「カーテンの裾の金の板とか、切手ですね」


「ほかにも見つかった。時価数十億の資産価値がある。

が、公にはなっていない。後任のトップにだけ伝えられる事実だ」


「それって、隠蔽じゃ」


「世の中には、公にできないことが、ごまんとあるんだよ」



頭がくらくらしてきました、と言いながら体をふらつかせる水穂を支え立たせた。

大丈夫かと声をかけると 「はい」 と返ってきたが、酔いと気分の悪さで大丈夫そうには見えない。

脇とひざ裏に手を入れて、水穂の体を抱き上げた。



「だっ、大丈夫です。降ろしてください」


「一気に話をしすぎた、続きは明日にしよう。少し寝た方がいい」


「でも……」


「黙って目を閉じろ」



恋人の顔で水穂を黙らせた籐矢は、真夜中の廊下を大股で寝室へと向かった。


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