Shine Episode Ⅱ

9. 豪華客船


港に浮かぶ 『客船 久遠』 は朝日を受け優美な姿を見せていた。

全長200メートルを超える船は数百の部屋数を有し、そのすべてにバルコニーが備わっている。



「国内の港をめぐる航海ののち、年内にアジアクルーズ、来年には欧州への航海が控えています。

最高ランクのスイートはすでに完売、グレードの高い部屋から予約が埋まっていきます」



『クーガクルーズ』 を傘下にもつ久我グループ総帥、久我路信社長の説明が続いている。

久我社長は近衛潤一郎の母方の叔父であり、潤一郎の妻紫子のいとこである籐矢にとっても遠縁の親戚となる。

『客船 久遠』 にて潤一郎の兄の結婚披露宴が行われ、その後、招待客を乗せてワンナイトクルーズの出航が決まっていた。



「ようやく、陸の飾り物の酷評を払拭できるところまできました。

海に浮かんでこその船ですから、彼女をなんとしても大海原へ送り出したいものです」


「彼女ですか……」



神崎籐矢には船は船としかとらえられず、擬人化した久我社長の言葉は気取った例えに思えた。

理解に苦しむといった顔の籐矢を見て、久我社長は意外な顔をした。



「美しいデザインと、丸みを帯びたボディーが女性に見えませんか」


「見えます! きれいですね……朝日に光ってピカピカに輝いて、女性って感じがします」


「おぉ、香坂さんのような美しい女性に、そう言ってもらえると嬉しいな」


「美しいなんて、そんな……」




水穂は、籐矢が見たこともないしなを作り、ワントーン高い声で応じている。

恥ずかしそうに身をよじる頭を、籐矢の拳がコツンと小突いた。



「痛いじゃないですか」


「お世辞を真に受けるヤツがあるか」


「わかってますけど……でも、叩かなくてもいいじゃないですか」



ほんっと乱暴なんだから……といつもの文句を向けたが、籐矢は、ふんっと横を向いたまま返事もしない。

目の前の二人が急に不仲になり、久我社長が慌ててとりなそうとするが効き目はない。

こんな二人に警備を任せて大丈夫だろうかと、いよいよ心配になったころ潤一郎が姿を見せた。



「おじさん、このふたり、いつもこうですから心配いりません。

いわゆる、喧嘩するほど仲が良いってやつです。嫌いじゃないから同棲しているんです」


「潤一郎、おまえ、何を言って。おい!」


「なんだよ、嘘じゃないだろう?」


「そっ、それはそうだが……いや、違う。そんなこと言ってる場合じゃないってことだ。だから、その」



潤一郎に言い負かされ、籐矢はしどろもどろの返答になっていた。

同棲と聞き、ほっほぉ……と相槌の声とともに久我社長の顔が緩み、籐矢と水穂を交互に眺め、見つめられた水穂はまた恥ずかしそうに身をよじった。


 
「この船でも君たちは同室だよ。プレミアムスイートだ。ゆっくりできないだろうが、気分だけでも楽しんで。

水穂さん、そろそろ準備をしたほうがいいですね。仕度は紫子が手伝います」


「ありがとうございます。神崎さん、ほら、行きますよ」



ブスッと機嫌の悪い籐矢の袖を引くと、水穂は潤一郎と久我社長へ背筋を伸ばし礼をした。

このときばかりは籐矢も姿勢を正す。



「我々は客の出迎えにも立ち会います。顔の確認も兼ねますので、久我さんよろしくお願いします」


「わかりました。私だけでは招待客全員を把握できませんので、もうひとり同行します。

では、のちほど」



くるりと背を向けると、籐矢と水穂は警官らしいきびきびとした動きで歩き出した。

背中を見送りながら潤一郎がおかしそうに笑っているだろうと思ったが、振り向くわけにもいかず、籐矢は大股でどんどん進み、そのあとを急ぎ足の水穂が追いかける。

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