夏が残したテラス……
「ああ、それは、先代と孫娘さんです。本当に可愛がっておられて…… ホテルへもよく
来られていました。そうそう、このテラスがお好きで……」


「まさか……」

 思わず口から漏れてしまった。


「どうかされましたか?」


「いえ…… このテラスを好きな人を知っていたもので……」


「そうでしたか……」

 戸ノ内さんは、それ以上なにも聞かなかった。

 ただ、最後に、
「また、あのホテルが戻る事があれば力になりたい」と言ってくれた。


 今、俺に何が出来るのだろうか? 
 何をすべきなのだろうか? 
 いや、俺は、何をしたいのだろうか? 
 なにかが、胸の中に引っかかる。


 答えの出ないままハンドルを握るうち、何時の間にか奏海の店の前に来ていた。

 ダイブショップの裏口から入り、いかにも仕事のやり残しを片付ける振りをして、喫茶店へいくタイミングを見はからった。

 奏海が、テラスへ出たのを確認し、俺もテラスへ出る。
 奏海は、少し驚いた顔をしたが、すぐに、まるで俺がいるのが当たり前のように受け入れてくれる。

 テラスから、二人で海を見て過ごした。

 特に話をするわけでもなく。
 でも、俺は、奏海とこのテラスで過ごしたかった。


 俺にとって、奏海が隣にいるのはごく自然な事で、というより奏海が隣にいる時間が一番心地よい。

 本当の事を言えば、ちらっと俺へ向ける視線をそのまま奪ってしまいたいと何度思っただろう……


 でも、奏海は、梨夏さんが亡くなってから、店中に響くような笑い声を上げなくなった。

 そりゃ、笑ったり怒ったりもする。
 だけど、どこか落ち着いてしまっているような…… 

 奏海は、梨夏さんになろうとしているのでばないかと思う。 
 梨夏さんがやっていたこと。梨夏さんが好きだった事、同じ事をしようとしている。
 梨夏さんの事を思うのは、悪い事では無い。
 でも、奏海は奏海であって欲しい。

 奏海の好きな事、奏海が嬉しいと思う事を感じて欲しかった。

 奏海に、あの笑い声が戻るまで、俺は、奏海に触れる事は出来ない、気持もぶつけられないと思っていた。

 だから今は、奏海の隣で、奏海と同じ風を感じられていられれば、それでいいと思っていた。
< 129 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop