幼なじみの甘い牙に差し押さえられました

8 モルフォ蝶の燐光

リニューアルオープンを控えたある日のこと。私はアンルージュ開店準備のために新店舗を訪れていた。

お店は以前と同じアイボリーが基調となっていて、優しくもキラキラした空間に仕上がっている。都会の真ん中にあるとは思えないくない、落ち着いた空間だった。


一通りの作業を済ませると小夜子さんが事務スペースでお茶を淹れてくれた。豊かな香りのハーブティにほっと気持ちが安らぐ。


「それで環、あんたはこの先どうする?ウチに帰ってくる気はあるの?」


「どうするって…?アンルージュが赤字の間は私はオークでバイトするんでしょ?」


「あはは何よそれ。借金のカタに売られた娘じゃあるまいし。水瀬から契約のこと聞いてないの?」


ぶんぶんと首を振ると小夜子さんが「水瀬め、案外適当なんだから」と顔をしかめる。


「バイトって言っても扱いは試用期間でしょ。査定も問題なかったから、あんたはオークで正社員になっても良いの。

あんたが店から居なくなるのは困るけど、ぶっちゃけオーク社員になる方がオススメよ。あんな会社そうそう入れるものじゃないし、給料だってうちが出すのとは桁違い。」


「えっ…そんなこと言われても。いつかアンルージュに戻ること以外は考えてなかったよ」


今までずっと私を『差し押さえる』と言われてきたのに、急に自由にしていいと言われるとまるで放り出されたみたいな気がする。嬉しいよりは淋しい気持ちが勝った。


「あのねぇ、今だから言うけど本当はうちの母が亡くなった時に、この店も畳むつもりだったのよ。

だけど環が外の世界で生きていけるとは思えなかったし、それなら母の遺した箱庭の中で環を育てるのも悪くないと思ってね」


「それって、つまり小夜子さんは私のためにアンルージュを続けてたの?」


「話は最後まで聞きなさい。

もともとこの店は、母が私のために開いたの。男のままでは生きられなかった私のためにね。

昔は私も人並みに親に心配かけたくないと思ってたから、本当の自分を偽って生きてたわ。だけどそういう嘘はいつか破綻するものね。離婚して、カミングアウトして生きようとした時に…」


「待って待って離婚ってどういうこと!?小夜子さん結婚してたの?」


びっくりして思わず口を挟んでしまった。長い間一緒にいるのに、そんな話は初耳だ。
< 104 / 146 >

この作品をシェア

pagetop